灰いろの水のはじまり(その5)

北村周一

ここで、気をつけなければならないことがあります。

こういってしまっては、元も子もないのですが、所謂グレイと呼ばれているはいいろには、灰色と、灰いろの、ふたつの種類があるのです。

いままで扱ってきたグレイは、むろん後者の灰いろのほうです。

それに対して、前者のほうの灰色は、白に黒(または黒に白)を混ぜ合わせてつくった、極めて純度の高い、文字通りのはいいろであります。

白と黒との二色によって得られるグレイのヴァリエーション(グレイ・スケール)は、ほかのどんな色とも相性がよく、その組み合わせによる混合(配合)技法は、滑らかで安定した色彩を表現できる可能性を広げたといわれています。

市販のプリンタを例にとってかんがえてみましょう。

黒のインクと、ほかの有彩色たとえば青系、赤系、黄色系三色のインクを備えた機種があるとします。このような機種の場合には、グレイをつくるのに都合全四色を混ぜ合わせることになります。

そのために、グレイの色合いが一定せず、結果的に青味がまさったり、赤味が増してしまう傾向が避けられませんでした。

つまり、安定した色彩のグラデーションを得ることができないということになります。

とはいっても、いまどきのデジタル印刷の場合には、当然のことながら、ドット(点)とドット(点)との重なり(離れ)具合によって、全体の色の階調を整えているのですから、今回のワークショップのように、絵具を溶かしながら混ぜ合わせるといった、いわば古色蒼然としたえがき方は、もとより計算外のことでしょう。

それでも不安定なグレイという色は、デジタルにとっては扱いにくるしむ色のひとつということになるようです。

さらにいえば、白のインクがはじめから用意されているわけではありませんから、必然的に白の色は用紙の白色系をベースにするしかありません。

グレイ・スケールからは若干話が逸れますが、筆を手に和紙に墨をつかって描く(書く)伝統的な技法も、白(和紙)と黒(墨)による灰色の展開といえなくもないかなと思っています。

もっとも、和紙を含めた墨の濃淡は、やや有機的な艶やかさを秘めているために、一口に灰色とはいいがたく、鼠色のほうがふさわしいかもしれませんが。

さて、白と黒との混合によるはいいろ、さらにそのヴァリエーションを、灰色と呼び、ほかのさまざまな色彩による混色を灰いろと呼ぶことにした経緯は、以上のとおりなのですが、パレット灰いろ作戦との関連がらみにかんがえ直してみると、はいいろを、灰色と灰いろの二色に厳密に分けることは、それほど有効な手段ではないかのように思えてきます。

実践では、黒はともかく、白は重要な役割を担っていましたし、もし純正のグレイがあれば、利用した人もいたかもしれません。

とはいえ、パレット灰いろ作戦は、思わぬビッグなプレゼントを落としてくれました。

前回からのくり返しになりますが、・・・

しかしながら、テーブルの上に目を移すと、各人一個ずつあてがわれていた筆洗用の透明のプラスチックカップの中の水が、なんと灰いろになっているではありませんか。

微妙にそれぞれ色合いが異なっているといっても、総じて灰いろに間違いありません。

参加者12名、十二色の灰いろが、目の前のテーブルの上に並んでいたのでした・・・。

それぞれの、えがき終わったばかりのキャンバス上の灰いろ絵具と、卓上の筆洗用の透明なプラスチックカップの中の灰いろの水とは、決して同じではないにしても、少なくとも作者は同一といわねばなりません。

テーブルの上には、むらさきがかった灰いろもあれば、きらきらとピンクめいた灰いろもあり、まったく同じような灰いろは一つとしてありませんでしたから。(つづく)