やっと終わった(晩年通信 その18)

室謙二

 トランプの時代がやっと終わった。という文章を書きたいのだが、実はそれは終わったのだが、まだ終わっていない。
 NYタイムスの「プラウド·ボーイがトランプを見捨てた」(Jan. 20)とか、BBCの「誰がホワイトハウスに突入したのか?」(Jan. 7)あるいは同じくBBCの「プラウド·ボーイとかアンティファとは誰のこと?」なんかを読んでいれば、トランプ個人の時代は終わったが(多分ね)、トランプ派の力がまだまだあることは分かる。だけどそんなことはもういいな、トランプのことなんか話したくない。インターネットのニュースでトランプの顔が写ると別のチャンネルに変える。別の生活をしたいのです。
 プラウド·ボーイというのはトランプを支持してきた右翼グループで、それが今では、トランプのような弱腰は見捨てるということらしい。私の方も、トランプを見捨てたい。

 それで私が何をしているかと言えば、リコーダー(たて笛)を吹いている。それと「ロミオとジュリエット」というネコとタヌキの話を書いている。晩年通信に「アメリカは燃えているのか?」というのも準備中だが、これはトランプに関係あるから、書くのはやめるかもしれない。

   五年一組 むろけんじ

 「リコーダー(たて笛)を吹くんだ」と言うと、小学校のころに音楽の授業で吹いたことを思い出して、子供みたいだねと思われる。
 でもリコーダー(たて笛)は子供のものではないよ。数えてみたら十歳の時から65年間も、時々思い出したように取り出して、リコーダーを吹いている。完全に遊びです。ずっと初心者だけど楽しい。バッハでもビバルディでも、リコーダー初心者用に簡単なフレーズにしたものがあって、それを吹いている。
 リコーダーは音が単純で表現力がない、と思うかもしれない。確かに初心者には音の強弱をつけにくい。音にいろんな色彩をつけるのが難しい。初心者にはタンギングがうまくできない。タンギングとは、くちびると舌(タン)で音に力と表情をつけること。これができないと、小学生がリコーダーを始めたばかりのような、単純な音とフレーズになってしまう。ビブラート(音を特に高音を細かくふるわす)のかけかたも学ばないと。
 まず息を安定して、静かに確実にリコーダーに吹き込むのが難しい。おなかの下から、息を上にあげてきて、リコーダーに吹き込む。
 強く吹くのではない。確実に安定して静かに吹き込む。
 そうしないと音程の低い音が、きれいに出ません。
 誰にでも簡単に音が出せる楽器だけど(それに安い)、これで音楽を歌うのは、けっこう難しいんだ。初心者でも吹くのは楽しいが、でもそれを聞かされる方は、きっと苦痛だね。
 私の場合、65年たっても聞く方はまだ苦痛だろう。

 私の古いリコーダーには、父親の字で「5の1 むろけんじ」と刻んである。小学五年生の時のもの。音楽授業でリコーダーを始めた。このリコーダーは確かスペリオパイプという名前で、インターネットによれば、当時一本百八十円だった。昭和三十年(1955年)発売とあるから、その次の年から授業で使い始めことになる。

   ポッキリと折れた

 ところがその「大事な」スペリオパイプを、三歳の孫娘がオモチャにして振り回して、ポキリと折ってしまった。うーん、ガックリした。音程もちゃんとしていて、バッハだってビートルズだって吹けたのです。いまは強力接着剤でくっつけてある。だからいちおうは使える。
 また壊されてはたまらないので、遊びにくる孫娘のためにグリーン色リコーダーを買いました。六十五年前のものはクリームがかかった白で、年季が入っている。安物新品のとは存在感が違うよ。
 安物と書いたけど、リコーダーは木製の手作りでなければ、また特殊なものでなければ安い。大手のものであれば、安くても音程もしっかりしている。音色だって安定している。安いけど立派な楽器なのです。(注)

 リコーダーを使った音楽教育は、かなり日本独特のものらしい。最初はイギリスとかドイツから学んだものらしいが、もっとも今でも、私が小学生の頃のようにリコーダーを使った音楽教育をしているかは知らない。あの頃は、クラス全体が何十人かで、一斉にリコーダーを吹く。だから他人がどんなふうに吹いているか、自分の音とフレーズはどうかなのかが、何十人のリコーダーの音に埋もれてわからない。もともと一人ひとりが吹く楽器だと思うのだが。曲は日本の唱歌が多かったね。
 『戦後日本の小学校における、たて笛およびリコーダーの導入過程」(山名和佳子 音楽教育実践ジャーナル vol.7 no.2 2010.3)に、どのようにリコーダーが戦後に導入されたか詳しく書いてある。日本には文部省という国家が教育を管理する機関があって、それがリコーダーを音楽教育に導入した。アメリカにはそんなものはない。州ごとに違っているし、カウンティ(郡と言ったらいいかな)にも違っている。

   一緒に演奏して一緒にうたう

 Nancyに小学生だった1950年代の音楽教育クラスについて聞いたら、「そんなものはなかった」と言う。「えっ?」と聞き返した。
 アート·クラスというのがあって、一週間に一度ぐらい音楽クラスがあった。と言っている。これも地域地域で違う。「何をしたの?」と聞いたら、「覚えていない」とのこと。アートなんて重要ではなかったのだろう。リコーダーなんて、触ったこともなかった。
 同じころ、私たちの場合は、週何回か(だったと思う)音楽クラスがあって、みんなで歌をうたう。この一緒にうたうことが、「アート」より、「集団の一部になること」が重要だった。今や私は老人になって、集団でリコーダーを吹くのではなくて、一人で遊んでいる。
 久しぶりにリコーダーを始めるので、まずインターネットでリコーダーの吹き方を教えているリンクを探したが、私むきのがないねえ。それで次にマニュアル(本)を探した。インターネットでみると、大量に日本語のリコーダー入門書がある。だけどいずれも子供むきだったり、中学生むき。
 私はマニュアルを読むのが大好きだけど、マニュアルを何種類か書いたこともあるが、私の水準に届くものはほとんどない。でも英語のものはかなりちゃんとしたがあるよ。

 レコーダーを楽しんで学ぼうと言うなら、英語の”Recorder Fun! Instruction Book” $8.99という本がいい。練習曲は、ほとんどがバッハとかビバルディ以前のもので、簡単なフレーズのフォークだ。インターネットにオーディオ·ファイルがあるので、ダウンロードする。それを聞きながら、楽譜を見て吹く練習。最終的には、オーディオ·ファイルも聞かない、楽譜も見ないで(これが重要)、暗記した音楽を楽しく吹かないとダメだね。
 もう一つは、”Progressive Beginner Recorder” Koala Music Publications $8.88で、これはCDだけではなくてDVDもついている。でも練習曲は”Recorder Fun! Instruction Book” の方が、古いヨーロッパのフォークでいいなあ。 
 これを読んでいる多くの人は、子供の頃にリコーダーを吹いた経験があるはずだから、ここでもう一度、リコーダーを手に入れて吹いてみたら?
 それを聞いて、下手だなあと馬鹿にする家族なんて気にするな。

   まずは買ってみたら

 音楽は聞くだけではなくて、演奏するのが楽しい。
 グールドのバッハとか、グルダのモーツアルトの聞いてから、自分で入門書を読みながらリコーダーを吹いてみて、あまりのひどさに(グールドと自分の演奏の違いに)ガッカリする事はない。あっちは天才で、こっちは素人の初心者だから。その両方を楽しめばよろしい。
 私はソプラノ(C)だけではなくて、アルト(F)のリコーダーも買った。誰かに教わるのが嫌いだから、全部自分でやっている。つまり自分で、自分のマニュアル(入門書)を書くんだね。それを元に練習する。これは私が何かを始めるときに、いつもする方法です。
 この文章を読んでいる人も、これまでリコーダーとかギターとかピアノを練習したことがあるはずだ。また始めたら?うっとしいアメリカのトランプ時代が終わったのだから、何か新しいことを始めるといい。


(注)
Amazon .co.jpでYamahaのリコーダーを売っている。安いけどオモチャではないよ。立派な楽器です。

Yamaha YRS-37lll ABS樹脂製ソプラノ·リコーダー 1036円(送料1310円)
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Amazon.comには、Akai Professional EWI-USB www.akaipro.com
もあります。これはデジタル·リコーダ·シンセサイザーで、私はセールで299ドルで買った。でも定価は497ドルらしい。パソコンにつないで、専門ソフトで設定して、パソコンのスピーカーかパソコンにつないだオーディオシステムで演奏する。