むもーままめ(2)注射の名手の巻

工藤あかね

あけましておめでとうございます。
前回、夫を題材にした狂歌を並べたので、
今回はコロナ狂歌の回にしようと思っていました。

けれど新春早々、憂鬱だった年の回顧というのは
どうにも調子がくるうので、別の話題にします。

注射!!!

国内外でワクチンの話題も出ていますし、今回はこれでいきます。

…さて。みなさんの中に、注射が得意な方はいますか。
わたしは、注射が大の苦手でした。

わたしの注射苦手歴は、子供の頃からなのですが、
どのくらい苦手だったかと申しますと、
予防接種の前夜は、緊張で眠れなくなるくらい、です。

予防接種当日の朝には、なんとかして注射を受けないで済むように、
きまって体調不良を装っていました。

「頭がふらふらする。お熱がある気がする。」

ところが母は、私の平熱を確認すると、
顔色も変えず、問診票に記入を始めます。

「〇〇アレルギーはありますか」
「〇〇の病気はありますか」

容赦なく「いいえ」に○をつけてゆく母の手元を、
いつも恨めしい思いで眺めていたものです。

けれど、母の隣にぴったりはりついて、
「ほんとに、いいえ?」
「質問、ちゃんと読んだ?」

などと横槍を入れて、最後の抵抗を試みます。
結局、あっさり注射に送られておりましたが。

それから時が流れて、大人になりました。
ところが注射への苦手意識が克服できたかといえば、さにあらず。
指を怪我して縫うことになった時には、
「麻酔の注射をしましょう」と言われて、
キューっと縮みあがってしまいました。

「注射…。しないで良い方法ないですか…。」と弱々しく尋ねたら、
お医者さまからは、
「麻酔なしでちょんちょんちょんって縫うか、
麻酔一回ちくっとして、痛くないちょんちょんちょん、どっちがいい?」
と、オノマトペ満載のお返事が出てきました。

「うっ…麻酔…。世界一細い針でお願いします」と真剣に伝えたところ、
先生と看護師さんに、大笑いされました。

血液検査だの、注射だのの際には毎回、
「注射、ものすごく苦手です…」と言ってしまいがちなのですが、
この作戦が逆効果になることもしばしば。

わたしが余計な情報を伝えたがために、
打つ側があきらかに動揺してしまって、
注射針を腕に刺したのちに、
血管を探る事態になったこともあります。

ですが、どんな世界にもいるものですね。
名手というものは!!!

わたしはこれまでに、2回ほど、
注射の名手に出会ったことがあります。
彼らのおかげで、積年の注射苦手意識は、
ぱぁっと吹きとびました。

1度目は、柔和でおっとりとした看護師さんでした。
いつものとおり注射が苦手なことを伝えると、その看護師さんは、
「うふふ、わたしも注射されるの苦手ですぅ。いやですよねぇ。」
なんて、言いながら、あっという間に全ての工程をクリア。

これから注射を打ったり血液検査の際には、
あの看護師さんにお願いしたい!と本気で思っています。
看護師さんって指名できるのかしら。

2度目は、看護師さんとお医者さまのチームワークが優れていたケースです。
この日は採血&鎮静剤のコンビネーションだと聞き、朝から怯えていたのですが、
担当してくださった看護師さんが、かゆいところに手が届く気配りの方で、
診察室に入る前にはすでに一段階、心がほぐれていました。

そして、いよいよはじまる、と思ったところで、
その看護師さんは、リフレクソロジーの施術者か、あるいは
瞑想ヨガのインストラクターかというような声色で囁いてきました。

「深呼吸しましょうね。右手を…ぐーぱーぐーぱーしましょうか…」
「はい…ぐーぱー…」

怖さを打ち消そうと、必死で右手をぐーぱーぐーぱーしていましたら、
今度は反対側からお医者さまが、深夜ラジオのパーソナリティーさながらの、
ソフトな語り口で仕上げに入ります。
「呼吸を…らく〜に…してくださいね…落ち着いてきたら…始めますからね…。」

その間、看護師さんからは腕を楽にしてくださいね…と言われた気がしましたが、
看護師さんとは逆方向から話しかけてきた先生の声に気を取られて、
針が刺さったのにも抜けたのにも、全く気がつきませんでした。

国家から命を狙われているスパイなら、そんな手には乗らないのでしょうが、
わたしくらいの小市民なら、赤子の手をひねるレベル。ちょろいもんです。
けれど、本当に痛くないのです。今後も喜んで、その手に引っかかりたい。

彼ら注射の名手たちに共通しているのは、
患者の緊張をほぐすのが大変にうまいこと。

迫り来る注射針に神経を全集中してしまえば、
体は固く緊張し、痛みにも敏感になるに決まっています。
打つ側も打たれる側もハッピーな、痛くない注射への究極の道は、
もしかしてリラックス?これに尽きるのでは!?

たとえ注射の名手に当たらなかったとしても、
こちらがリラックスさえしていれば、もしかしてあまり痛くないで済むかもしれない!!
注射を打つ名手がいる一方で、打たれる名手もきっと存在するに違いない。

ああ、痛そうな顔でインフルエンザの予防接種を受けているお相撲さんたちや、
注射が怖くて泣いちゃう寸前のお子さんたちに教えてあげたい。
リラッックスすれば、(たぶん)注射が痛くなくなりますよ!って。

海外では新型コロナのワクチン接種が始まりましたが、
日本でもそのうち実施されるのでしょう。
コロナをきっかけに、一旦離職していた看護師さんが、
医療現場の現状を見かねて、復職するケースがあると聞きます。
そして、ブランクがある看護師さんからは、
注射に不安があるとの声もあるようで、注射を打たれる側だけではなくて、
打つ側も相当に気をつかうものなのだと知りました。

これからは、復職したばかりの看護師さんが緊張してしまわないよう、
「注射が苦手」と、病院では言わないようにしようと思います。
そのかわりに注射が痛くなくなるおまじないを、心の中でつぶやいてみます。
「リラックス!」