新・エリック・サティ作品集ができるまで(2)

服部玲治

初めてお会いし、打ち合わせをしたのは、夏のさかりの8月だった。
どんな場所でお会いするのが適当なのか。チェーン型大型資本系の喫茶店は、悠治さんとの邂逅にそぐわない、それどころか、そんなお店を提案した日には、怒って来なくなってしまうのではないか。メールでのやりとりばかりだから、わたしの中の悠治さんのイメージは日々増幅し、霞をはみ、世俗をさける仙人の様相を呈していた。
「渋谷は混んでいるので避けてほしい、会社の近くでも」。
日時の指定とともに、これまで通り、無駄なく要件のみのメール。そうか、渋谷、やはり。かといって、社のある虎ノ門界隈も、オフィスワーカー向けのざっかけないチェーン店ばかりだ。ウェブでくまなく検索をかけ、「本とクラシックに囲まれて」「小さな隠れ家」などのレビューが寄せられた、漱石の作品名が冠された喫茶店を、まだ行ったこともないのに、悠治さんとの出会いにふさわしいと断定。
「ではそれで」。
仙人からのたった五文字の電子返信、ぞくぞくしたのを、いまもおぼえている。
 
約束の時間の間際、店に入ると、お客さんはひとり。16時からの打合せを15時からと勘違いし、本を読んで待っていた悠治さんだった。1時間もお待たせしてしまったのか。身にのこった外気の熱と、緊張と、かたじけなさと。途端に額から汗が流れ落ちてやまない。
バロックの流れる店内は、喧噪の街中と隔絶した静謐な空間で、悠治さんとの邂逅にまことにふさわしいものの、初めて対面するぎこちなさを覆い隠すよすががみつからない。呼吸を整える間もなく、沈黙を埋めるように、やおら企画の話を向けた。

この初めての打合せが決まってから、わたしは悠治さんとコロムビアで、継続的なプロジェクトを企画したいと夢想していた。パソコンのフォルダの片隅には、その時に悠治さんに提示した提案書が残っている。2016年8月3日の日付、「コロムビア×高橋悠治プロジェクトのご提案」。
1枚目のサティを皮切りに、6種類のアルバムの提案がここには記されている。2枚目はバッハ。3枚目、ドビュッシーとラヴェルにメシアン。4枚目はショスタコーヴィチとヴィシュネグラツスキ(はたして、どうやって微分音ピアノを入手しようと思っていたのだろうか)。5枚目にはベルクとともにウルマン、シュールホフなど退廃音楽作曲家の作品集、そして最後にバルトーク。
バッハを除けば、20世紀前半に活躍した作曲家を中心に構成したシリーズで、これまでの悠治さんのアルバム・ラインナップとは色あいの異なるコンセプトで展開できないか。サティはともかく、他に名をあげた作曲家は、はたして悠治さんがいま、好きな作曲家なのか、そもそも演奏したことがあるものなのか、用心深く調べることもなく、自分の嗜好のままに編んだアイデアだった。それを悠治さんにいきおい提示してしまったのは、いま思えば、ひどく思慮に欠けた行いだったのかもしれない。

このとき、どんなやりとりがなされたのか。緊張ゆえか、あまり覚えていない。ただ明らかだったのは、
「先のことはともかく、まずはサティの話を」。
わたしの夢見るシリーズコンセプトは、いったん棚上げになった。