パノラマ★36

北村周一

ほっこりと西に初富士二子玉や
 駅に晴着のひともちらほら
心中未遂の美大教師が麗らかに
 花束提げてみずうみのべを
月に二度も浮かぶ朧の月明り
 ねむれぬ夜の青空文庫
高気圧を待つらん新車のボンネット
 カーワックスを拭き上げて無口
監督の透ける白シャツ悩ましく
 ロシア・ワールドカップにクギ付け
夾竹桃ふたいろ淡く入り交じる
 その花蔭に求め合う愛
ひとつところ月吐く峰の闇深し
 とろろ食せし口中の熱
カナカナの声に昏れゆく胸の内
 薄水色の日傘回せば
花弁舞う墓石の前の灯油缶
 彼岸の今日を命日とする
親機鳴り子機が鳴りして春の昼
 カネの無心を我が子のごとし
電卓手に武器売り歩く死の商人
 安保理常任理事国戦好き
右隣に眠るあなたの掛布団
 うごく怖ろしわれ金縛り
紋甲にはげしき恋の鸚哥の目
 つつきたいだけつつくを許せり
歩みつつ肩抱くまでの行いも
 電柱の陰ながき夜の道
伊香保湯のそらに真白き望の月
 茸愛せしJ.Cage氏は逝く
川沿いのフェンスをつづくみずの痕
 水平なれば向う岸にも
職安の遠い視線に見え隠れ
 値踏みされてもわたしは非売
身延山は枝垂れ桜の坂の道
 花の向こうに霞むパノラマ
 

*擬密句三十六歌仙新年篇。年の初めに。
 春篇―冬の旅、夏篇―朝日ジャーナル、秋篇―四月馬鹿、冬篇―理性の不安、新年篇―パノラマ、
 これにて連句擬き独吟の了といたします。