灰いろの水のはじまり(その3)

北村周一

いままでの話を、少しまとめてみたいと思います。
対象をもたないキャンバスを、パレットとして扱ってみるという発想(思いつき)は、まあいいとして、そのキャンバスが、同時に、絵(または、絵のようなもの)になるような、そんな可能性はあるのかないのか。
あるとしたら、どのような条件下でそれは可能となるのか。
その条件をまずは設定することからはじめてみようということでした。
パレット代わりのキャンバスに、ほかに何の意図も用意せずに、さまざまな絵具をこねくり回す面白さは、それなりに理解できることですが、ここでは一歩進めて絵になるための方策、いいかえればジャンプできる可能性を見出すための、条件(制約)を与えるということでした。

前置きが長くなってしまいました。
その可能性を満たす条件―――ここでは、灰いろに設定してみたいと思います。
パレットの上に限らず、いくつかの色を混ぜ合わせると、灰いろになるということは、図画工作の時間でも教えられることですが、ちょっとしたはずみに、隣り合う色と色とが混ざり合い、灰いろっぽく濁ってしまったという経験は、だれにでもあるかと思います。
ふだんはやってはいけない濁りの技法ですが、ここでは積極的に応用することにします。

さて、いよいよ実技篇です。
まずは身近にいる、小さな子どもたちを相手に、パレット灰いろ作戦を試みることにしました。
年齢は、4歳児から7歳児まで、男の子ばかりの4名。
キャンバスのサイズは、張りキャンの、P3号(19×27㎝)を選びました。
少し小さめにしたのは、キャンバスに絵を描くことが子どもたちにとってはじめての経験だったこと、そして何より飽きてしまう恐れがあったからでした。
使用する絵具は、すべて水溶性のもの、アクリル塗料や、不透明水彩(いわゆるグワッシュ)などなどです。
子どもたちは、パレットという言葉も、その使い方もすでに知っていたので、キャンバスの上にじかに絵具を絞り出し、それらを筆の先で混ぜ合わせながら、灰いろにしていくという作業は、スムーズにとはいかないまでも、それほどむずかしい感じはありませんでした。
しかしながら、最初にやって置かなければならないことがありました。
数ある絵具の中から、どの絵具を選ぶかということです。
各人、思い思いに好みの色を選び、キャンバスの縁にそってチューブの絵具を絞り出していくわけですが、どのくらいの量が必要なのか、えがく対象がはっきりしていないので、しばしまごつきます。
キャンバスの白いところが、全部なくなるまで絵具を塗ろうと、子どもたちには伝えました。
四つの側面も、すべて塗りつぶすようにとも伝えてありました。
絵を描いている時間は、正味1時間弱、準備や後片付けの時間を入れても2時間ほどで、作業は終わりました。
意外と集中力は途切れずに、ほぼ最後まで塗り終えました。
でも、これで終わりではありません。
絵のタイトルを、自分たちで決めなければなりません。
題名を付けて、はじめて自分の絵になると教えたからです。
それぞれが、描いたばかりの絵を見ながら、楽しそうにタイトルを付けていました。

ところで、肝心かなめの、灰いろはどうなったのでしょう。
結論からいえば、どの絵もなかなか灰いろにはならず、ちょうどいい具合に色が混ざり合ったところで、つまりは、すてきな形や色があらわれたところで、それ以上先には進まずに、次の場面へ展開するといったふうで、画面全部を塗り終えたのでした。
とはいえもし、もっと遠くから見たら、それぞれの絵は、灰いろっぽく見えたかもしれません。
たとえば、
黄緑のような灰いろ、
灰いろっぽい真黄色、
紫のような灰いろ、
そして、灰いろっぽい真っ黒。
(つづく)

*参考資料:3歳児による油彩 F4号(24×33㎝)