編み狂う

斎藤真理子

多くの人が、糸と針があれば編み物ができると思っている。しかし私は、それが間違いだとよく知っている。ほんとうのことを言うなら、「時間」と「私」があれば編み物はできる。それがわかるまでに40年近くかかった。これは、進化の結果である。

私も人類の一員なので多少の人格があるのだが、その中に「編み人格」というような部分があり、40年にわたって進化をとげたのはこの部分だ。外から見てもわからないが、この人格が目的に応じて体をマイナーチェンジさせ、今や、相当に変てこな哺乳類みたいな形になっている。全体像を描くことは困難だが、つきつめれば管のような形状だ。そして、糸と針はすでに身体に取り込まれ、身体の一部になっている。足は使わないので退化し、逆に目は激しく使うので、品の悪いコマーシャルで有名になったメガネ型ルーペで武装している。脳のひだには、編み目記号しか刻まれていない。この人格が、条件さえそろえば座り込んで編み物をする。はた目には「編み物をしている」としか見えないが、「編み人格」の私に言わせれば、これは、「時間」と「私」が稀に見る幸福な共同作業をやっているところ、なのである。

多くの人が編み物を、どこか優しい、「癒やし」になるような作業と考えている。しかし私は、それもまた間違いだと知っている。編み物に限らず手芸に夢中になったことのある人なら気づいているだろうが、手芸には、とても暴力的な一面がある。なぜならそれは、ばりばりと音を立てて時間を喰い尽くすからだ。特に編み物は、あと一段、あと一段と思っているうちに五、六時間が飛び去り、顔を上げたら夜が明けている。「あと一段」と思っているだけなのに、十時間ほどがまるごと消えることさえあるのだから、ちょっと魔法じみている。

この、時間を――世界をと言ってもいいがとにかくそれを、一段ずつに区切って効率よく収奪していく魔法は本当に獰猛きわまりないが、「編み人格」が発達すると、自ら喜んでその軍門に下っていくようになる。

昔のイングランドの羊飼いは、竹馬に乗って羊を追いながら靴下を編んでいたというし、ディケンズの『二都物語』には、フランス革命後の裁判所でずーっと編み物をしながら裁判を傍聴し、貴族を罵る婦人たちが出てくる。とにかく編み物は、持ち歩いて、どこででもできるのがいい。いつでも中断して、いつでも再開できる。5秒あれば5目ぐらい編むことができる。5秒でほかに何ができますか。場所もしかりで、きちんとした水平面なんかなくてもいい。私はカフェで編むことがいちばん多いが、要するに椅子が一個あればこと足りるし、椅子もなければ床にあぐらをかけばいい、その気になれば肩にかけたバッグから糸を引き出して立ったまま編むことだってできる。ミシンや機織り機では、それは無理だ。結果として、

編み物に適した時間――事情が許すならいつでも。

編み物に適した場所――事情が許すならどこでも。

ということになる。スマホと変わらない。スマホと違うのは、「あと一段」の魔法があることだけ。ちなみに、翻訳をやっていて脳が「あと一行」という感じになることは、稀にはあるが、出る脳内麻薬の量が比較にならないほど少ない。脳内麻薬の種類が違うのかな。

ともあれ、ペルシャ絨毯とか、ベルギーのレースとか、世界じゅうの糸を使った伝統工芸は、「あと一段」の魔法によって人間を(多くは、女性を)追い立て、搾取して作られてきたものだと思う。坂口安吾の家にいたお手伝いさんが、奥さんの三千代さんの代わりにアンゴラの糸で一晩でセーターを編んでしまったとかいうが、この人も編み人格が進化していたのだろう。

そして私は、40年かけて「あと一段」の魔法を知り抜いたので、仕事が本当に忙しくなったときは編み物に関するもの一切をカゴに入れて、見えないところに隠してしまう。編み物の暴力性によって自分がどんなに活気づいてしまうか、アドレナリンの沼が出現するか、よくわかっているからだ。

私だって進化を遂げる前は、こんなではなかった。編み物をはじめたころ――実はそんなジュラ紀のことはよく思い出せないのだが、ジュラ紀の私は小学校に通っており、かぎ針編みというものを母親に習ってマフラーを編んだ。また、白亜紀には中学校に通っており、こんどは棒針編みというものを母親に習ってベストを編んだ。この程度のことは、中生代(昭和30〜40年代)の女子小・中学生なら多くが経験したことである。でもジュラ紀や白亜紀だから、人間ですらなかったことは言うまでもない。だから何のために編み物をするのかがわかってはいなかった。

そのつぎはいきなり弥生時代ぐらいに飛ぶ。その間に人間になった二十五歳ぐらいの私はある日、良い黄色のセーターが欲しいと思った。だが、ほんとうに気に入る色の商品なんてものは、探したってなかなかないし、万一あったらべらぼうに高い。ところが、良い黄色の毛糸なら、毛糸屋に行けばそれなりにあった。あれを買って編めばいいじゃないかと思ったのだ。そうすれば、自分の気に入ったものが、安く作れる。弥生人としては良いアイディアだった。

そこで毛糸屋に行ったが、店を出るときに私が持っていたのはしかし、ボルドー系とピンク系の色がミックスになったモヘアの糸で、予定とは何の関係もない糸だった。毛糸屋という問題解決型テーマパークではしばしば、こういうことが起きる。私はその後も何十回となく同じことをくり返し、押入れ一間分の毛糸をためこんでは捨てたり、ヤフオクで売ったりしたが、そのような無駄なことをしたのも、やはり、編み物の目的がわかっていなかったからである。

たぶん理解してもらえないので、その後の私の進化の過程については省略するが、今、私は、何か衣類が欲しいから、必要だから編むということはまず、ない。編んだものが何になるかにはそれほどの執着はない(だってもう腐るほどあるから)。糸は、一宮の問屋から取り寄せたシルク糸が一生編めるほどあり、針も必要なものは全部揃っている。編み方もほぼ一種類、多くて三種類程度に限定している。できたものが着られないのはしゃくなので、おおむねセーターかカーディガンになるようにはするが、何より、編んでいるその瞬間がいいから編み物をしているのであって、過去も未来も関係ないのである。「今しかないから、今のためにすべてを動員する」というのは、依存症の基本だろう。

以前私はずいぶんタバコを吸っていたのだが、仕事に取りかかる前に「あと一本、あと一本」とだらだら吸いつづけるのと、「あと一段編んだら」と思って寝そびれるのは似ている。

一本のタバコに火をつけるとき、「とにもかくにも火をつけてしまった以上、この一本が燃え尽きるまではどうしようもないじゃないか」という居直りのような気持ちが生まれる。少なくともここでタバコ一本分の時間は私のものになったのだという、なけなしの充実感がある。編み物で、一段の最初の目を編みはじめたときの気持ちもこれと同じだ。編み出してしまったのだからこの段が終わるまでは編むしかなく、それを延々とくり返すほどに頭が真っ白になって手だけが動く。そうやって私は一時間を、一晩を編み倒す。あと一段、あと一段、世界にはいったい「あと一段」がどれくらいあるのだろうか。くらくらする。どんなに編んでもまだまだ「あと一段」が尽きることはないのだと思うと、さらに多幸感でめまいがする。棒針はもう手と一体化しているし、糸はほとんど、私が蚕になって吐いている。時間というタンパク質を食べて私が吐いているのだ。時間は尋常ではない濃さになって私に押し寄せ、私の中を通過して、編み目へどんどん落とし込まれていく。そして時間がばりばりと音を立てて食われた代わり、何センチか伸びた編み物が手元に残る。

何でこんなに編み物に夢中になってしまうのか。もとより根元的な悲しみのもとは、時間はなぜ私と相談もせずにかくもすばやく去るのであるかという一点なのだから、時間と折り合いがついた(と錯覚した)瞬間が多幸感に溢れるのは、わかりきっている。編み物は何のためにするかといえば、ひとえにこの、時間がかたまりになってわが味方についてくれたと思える一瞬のためだけだ。

だが「編み人格」の私は、その瞬間を長続きさせようとするあまり、さらに奇妙な行動を重ねることになる。それは、「理想的な編みかけ」をなるべく多く準備するという、「癒やし」とも「ていねいな暮らし」とも折り合いのつかない、合理性を欠く行動であった。(つづく)