別腸日記 (31) 野辺のうた(戸島美喜夫さんへ)

新井卓

あなたが眠る日
二度と明けなければいい、そう思った夜がいま薄明に染まり
ばら色の日輪が雲間に上る
ひとつかみの雨
二月。
春の支度にわたしたちはまだ、間にあわないというのに
ラッパ水仙のかぐわしい香りや
せっかちな乙女椿に誘惑されて、足どりも軽く
旅たってしまったのだろうか
いまごろ恵那の山の巓で
粉雪の降る音に耳を澄ませているだろうか
それとも解きはなたれた心は歓びに満ちて
タージマハルへ
はたまたシルクロードへ
一陣の風となって
カラコルム回廊の牧童を驚かせているだろうか
それとも案外よく冷えたピルスナーかなにかを
嬉しそうに傾けているかもしれない
愛する人たちに迎えられて
花散る野辺で
──そんなに泣かなくても大丈夫
そうおっしゃるだろうか
それでも、早すぎる春に座礁したわたしたちの裂け目から
雪融けの水はあふれ
あなたの小舟を運んでゆけ
あなたが眠る日、二月
早すぎる春に