コロナと育児

西荻なな

今年の1月末に子どもが生まれた。病院を退院すると同時に世の中が新型コロナで騒がしくなってきた。しばらくは慣れない育児に明け暮れ、昼も夜もない授乳とおむつ替えの日々に慣れるのに精一杯だったが、産後の肥立ちの1ヶ月を過ぎ、さてそろそろ外に出られるようになるかな、という頃に緊急事態宣言が発せられ、とうとうそのまま外に出られなくなってしまった。でも、子どもの成長は目覚ましく、見ていて飽きない。ニュースを見て感染者数が増えてゆく事態に不安を覚えながらも、私だけでなく誰もが外に出られなくなってしまったことが不思議で仕方なかった。育児とは、細切れな、それまでの連続的な時間軸とは別の時間軸に突入してゆくことだと体感しているけれども、プライベートな変化が世の中の時空のエアポケット化と連動していたことになんとも言えない感慨を覚えている。育児をする日々が、コロナの日常と軌を一にしていた。子育てがちょうど落ち着き始めてきた4ヶ月目以降の、育児日記を抜き書きしてみる。

◯月×日(生後110日)
昨日は、大変な1日だった。朝起きて授乳したあとに急に右胸にしこりが出てきたのに気づき、痛みを感じたと思うと、胸があっという間に岩のようになりかけた。文字通り岩のようである。7時間もぶっ通しで子どもが寝ていたからだろうか。ハーブティーを飲む、マッサージをする、搾乳をするなど自分でできる対処をあれこれとやってみるけれど、改善の兆しがなさそうで、これは母乳外来に行くしかないと腹をくくる。明らかに母乳マッサージなど濃厚接触であるのだから、それだけは避けたいと思って、乳腺炎になる一歩手前の状態にありながら、自己流でやり過ごしてきたのだが、どうも今回はそれでは乗り切れなさそうだ。産院に電話すると、受付可能なのは最短で明々後日ということで、他の助産院に行くことを勧められる。早いうちに他でやってもらうのがいいです、いま乳腺症が流行っていて、と同じ流派の助産院を紹介された。電話をするとやはり、いま具合悪い人が多くてね、とのこと。梅雨シーズンが近づいて湿気が高いのも悪さするんだろう、コロナのストレスだってあるに違いない。状況を伺うと、前後の人とは時間を少しあけているから、安心してきてくださいという。確かにコロナの感染者数もピーク時よりは減ってきている。今ならば前よりもリスクは低いだろうし、それより何よりこの状況を放っておいたら大変なことになりそうだ。子どもは夫に任せて身一つで行くことに。外出は買い物以外では久しぶりだ。

助産院に着いてさっそくベッドに横たわると、助産師さんは透明のフェイスシールドをつけている。私はマスク。しこりのできている原因を即座に見破って、母乳マッサージを始めてくれた。乳腺炎というよりも、乳管の詰まりのようだ。母乳の生成される量と子どもが飲んでくれる量との兼ね合いで、生成量の方が多いと母乳が滞留して乳管の詰まりが引き起こされるらしい。授乳に慣れてきたころにこそこういうことが起こりがちなのですよ、とアドバイスをもらい、牛蒡の漢方薬をいただいて帰宅する。胸のしこりが落ち着いたのはありがたい限りだが、濃厚接触をしたには違いないので、急いで帰ってシャワーを浴びた。

今日はそれにしても、子どもが急成長を見せてくれた。朝の時点で体重は6400gあまり。お昼前くらいにお布団の端っこの方に仰向けでゴロンとしているのを確認してちょっと目を離したすきに、なんと寝ていた布団の上ではなく、フローリングに腹這いになっている。しかも、あーうー、と元気に声を出している。うむむ、これはさっきの姿勢から考えるに、つまり私が見ないあいだに一人で寝返りをしたということだ。なんと〜、その瞬間を見られなかったのが残念だけど、今日は「寝返り記念日」だ。数日前から寝返りをしたいという姿勢は見せていたし、なにかの弾みで出来ちゃったのかしら。まだ4か月に満たないというのに、成長目覚ましいことだ。

◯月×日(生後116日)
コロナ感染者数が着実に減り、肌寒い雨のお天気にようやく終止符が打たれた昨日、バギーに初めて敏さんをのせて近くの公園までお散歩に行くことにした。座る姿勢も基本的に好きなのか、初めてなのに実に堂々としたもの。足なんて投げ出して、ちょっとオラオラなくらいの雰囲気だ。バギーを押して動き始めると大人しく時々笑みを浮かべている。久しぶりのお散歩が抱っこ紐じゃなくて外が自分の目でしっかり見えるのは嬉しかったんじゃないかな。ここのところ、目の前の世界が急に着実に広がっているはずで、私が実に久しぶりの自転車散歩から帰ったあと、面白いくらいにくるくると寝返りを続けた。思えばその日の朝もそうだったけれど、段差を利用してまぐれ的にできちゃった、ではなくて完璧にコツをつかんで連続技を決めている。よくよく見てみると、片足をもう片方の足にクロスさせて、胸の前で両手をあわせて、体をくるりとひっくり返す遠心力の助けとしている。ちょうどフィギュア選手が空中で回転するときのように。それに付随して、自分の右手と左手をあわせて握ることもできるようになっていた。すごい! どこでそんなコツを体得したんだろう。本人も嬉しいのか、とにかく暇さえあればコロコロくるくるしていて、ちょっと目を離した隙に床に落ちてたりするのであぶないあぶない。お風呂上がりに薬を塗っていてうつ伏せ姿勢にしたときにもゴロンとしそうだし、お洋服を着せるときにもゴロンとしたそうだ。運動量がそんなわけで半端ないのでお腹もよく空くようで、よく飲み、よく成長をしていて、授乳で子どもの身体を左右反転させるのも一仕事。私の腰は悲鳴をあげていて、一昨日にはとうとう鍼に出かけてきたのだった。どうやらほぼぎっくり腰だったらしく、肩首も鉄板のよう、一度ではほぐれきらないらしかったのでまた行かなければならない。コロナのさなか、濃厚接触のきわみゆえにやっぱりまだ気が気でない。でも昨日は再び乳腺炎の危機を感じたのだから、徹底的に身体のケアをしなければならない。藁にもすがる思いで出かけた近所の漢方薬局で虚血ですから、血を補うケアをしておかないと後々大変ですよ、と言われてたしかにその通りだとオイスターの錠剤を買った。朝のうちはまだ元気でも、授乳を繰り返して夕方、子どもをお風呂に入れる頃には身体の前半分が前方に引っ張られるようなクラッとした疲労に襲われるので、貧血っぽさがあるんだと思う。母乳をあげるつど、鉄と亜鉛が抜けてゆくのだからそれも当然か。私が日に日にげっそりしてゆく傍ら、子どもは日に日にぷっくり。ほっぺも落ちそうなら、手首のあたりと太ものあたりがムチムチである。背中の湿疹がはかばかしくないのがやや気がかりだけど、毎日ご機嫌に健やかに成長していて、どんどん喋れる感じになっていて楽しい日々であることだ。

◯月×日(生後119日)
ここ数日、完全に寝返りをマスターしたと思ったら、それでは飽き足りず、ずり這いに突入しつつある。おもに朝、夕食時、ちょうど1日2回くらいのタイミングでその旺盛な運動欲がむくむくと身をもたげてくるのか、くるくるっとしたかと思うと、今度は、うーっあーっと声を出しながら懸命に前に進もうとする。リビングに敷いているベビー布団の端っこに手がかかると、リーチ! という感じで危ないので目が離せない。昨日だったか、ちょっと床に軽くごつんとなって大泣きをしていた。でもまったく懲りる様子がない。もうこのへんにしとこうよ、ほら危ないから、と言ってこちらが止めに入ると、むしろ泣いてもっとやりたいと訴えてくる。4カ月を前にずり這い。このすべてを先取りしてゆくかんじはどうしたことだろう。誰に似たのかしら。運動量が増えるということはすなわちいつも腹ペコということなのだから、授乳をしている私は休みなしで応戦しなければならない。次善の策として、ゆらゆらひとりでに揺れるバウンサー(という椅子)に乗せてみても、わりとすぐに身をよじりはじめる。もっと僕は動きたいの! と言わんばかりだ。今日授乳をするのに子を横抱きにしてみると、こんなにがっちりしてたかしら、と驚いた。見た目はムチムチなのに、思いのほか筋肉質だ。そんなわけでエネルギーを持て余し気味のようなので、今日もお昼どきにベビーカーで散歩。コロナで家にこもりがちだったけれども、最近は近所の公園に少しずつでも脚を伸ばすようになった。ベビーカーに乗ると不思議と足を投げ出して、態度は大きいのだけれど、すっと大人しくなる。多分外に行く刺激があるんだろうなあ。もう家にいるだけでは飽き足りなくなってきた。3回ほど行き交うベビーカーに乗る赤ちゃんをちらりと見たけれど、我が子は白い。白さが際立っていることに気づく。一方で体重は昨日くらいから急カーブを描き6800グラムを超えて、4カ月を前に7キロ台が見えてきた。昨日、一昨日は授乳をしてもしても足りないようで、文字通りずっと授乳をしていたけれど、今日になってやや落ち着きを得たのは助かった。授乳ペースが少しでも落ち着くとこちらも余裕ができるので、ホッとお茶を飲んで一息つけたりする。でも日々食欲は変動があってなかなか読み難いものだ。

○月×日(生後128日)
髪が抜けて、朝も夕もそこかしこに抜ける髪の毛の存在を感じている。授乳をするつど抜けるようだ。このままのペースでは早晩禿げてしまうのではないかと、日に日に薄くなりゆく髪の毛の行方が心配でならないが、子どもは日々面白いくらいぷくぷくしてゆく。数十分のお昼寝から目覚めても、あらまた成長したかしらと思うこともあり、なんとなくここ数日、膝下が長くなったと昨日気がついた。

予防接種も3回目となる今日。予防接種の日はコロナ対策も考えながら外出準備をしたり、何かとバタバタしてしまうのだが、子どもは朝4時くらいにぶりぶりぶりっといつものように豪快な音とともにウンチをした。夫がオムツ替えをして眠りに二人で戻ろうとすると、程なくしてまたもやウンチ。2回目のオムツ替えを見届けることなく私は眠りにおちた。ここのところ夜中の授乳が眠くて眠くて、朝方はやたらと夢を見ている。断片的に夢が次から次へとやってくる。起きても夢の中なのか現実なのか判然としないことも多い。朝方のオムツ替えでひときわ眠気の覚めない今朝、お天気は完全に夏日なようなので、小児科には徒歩ではなくタクシーで行くことにした。家を出る前に再びウンチ、慌ててオムツ替えをして準備万端だ。ベビーカーに乗せて配車アプリでタクシーを呼び、自宅前で待つ。車が来るまで5分と表示される。タクシーが眼前にやってきたその瞬間、ぶりぶりぶりーっと音がする。あら、さっきも家を出る少し前にオムツを替えたばかりだが?

帰宅するまでもうオムツ替えの心配はいらぬと思ったのに。到着して予防接種の前にお肌の確認。透き通るように白いですね、と先生。乳児湿疹に悩まされた数ヶ月、お薬をがんばって塗った甲斐があった。4カ月検診はコロナ対策ゆえ区が見送った旨を伝えると、股関節脱臼がないかどうか、チェックしてくれるそうだ。しかし、それにはオムツのオープンが必要だった! 先生、実は先ほどウンチをしてしまいまして(まだオムツを替えてないのですが)、と伝えたけれど、意に介さずオープン! 股関節は正常で何もなくてよかったのだが、本当にウンチに彩られた日だった。予防接種も無事に終え、夜、お風呂上がりに体重をはかると7160g。ベッドに寝かせて夫婦で会話をしていると、おしゃべりに加わりたいのか笑顔でたくさん声を出しはじめる。あーうーあーうー。合唱のようになってなんとも愛らしい。

◯月×日(生後144日)
昨日は私と母、妹の女3人で吉祥寺を散歩した。妹と会うのは3月の連休以来だから、もう3ヶ月ぶりくらいになる。妹との対面は久しぶりだったけれど、子どもはまだ人見知りをするでもなく(マスクをしたままで、子どもにしてみれば人見知りも何もないのだろうか)、土曜日のすっかり平常モードになったと思われる吉祥寺の人混みを抜けて、小さな公園に向かった。あちらこちらにお昼時の行列があって驚いたけれど、公園に到着して人心地ついた。買ったサンドイッチを広げてさてランチ、という頃には子どもはバギーの上でお昼寝を始めている。とてもいい子だ。大人のペースに合わせてくれるかのようだ。途中で目を覚ましてお腹が空いた感じだったので、その場で授乳ケープをして授乳。昔はもっと公共の空間で授乳をする人を見たような気がしているけれど、この頃はすっかり授乳室で授乳するということになっているのかしらね、と母。授乳ケープがあれば私自身は外で授乳することも気にならないけれど、むしろ周りにいる人がどう感じるのだろう、という方が気がかりかもしれない。 

帰り際、ちょっとその辺の喫茶店でコーヒーでも、と思ったけれど、東急百貨店あたりは混雑がすごかったのでそのまま帰ってお茶することに。帰宅してエネルギーを補給すると、子どもはいつものようにくるくると寝返りを始めた。かと思うと、お尻をキュッと持ち上げてさらに前に進もうと果敢に挑んでいる。その場で両足をバタバタと強く蹴って両手も遠くに伸ばして腹這いになる。けれど思ったように前進できないのか、悔し泣きを続けては、あーうー、と元気に声を出してトライし続けていた。そんな子どもを見ながら大人はおやつタイムで椅子に腰掛けておしゃべりを始めた。途中から僕も混ぜてくれ、と訴えたので膝上に乗せてあげると、手元のテーブルクロスの質感を楽しみはじめた。そういえば最近は布団を敷いているゴザに手を伸ばして、がりがりがり、っとゴザの質感を楽しんでいるけれども、それと同じ要領で新しい素材が目の前に来ると研究に余念がない。食卓に向かってちょこんと座った姿勢でテーブルクロスの質感を両手の全部の指を使って確かめ始めると、その様はまるでピアノを弾いてるかのようだった。大人も楽しくなってしまって途中でジャズをかけ始めると、リズムを完璧に捉えているような身振りで、大人もリズム隊として手拍子で参加した。このワンシーンはかなりおかしかった! 兎にも角にも指先でいろんな質感を楽しむのがここ最近のブームで、今日新たに存在を発見していたのが紙だ。手にもってくしゃくしゃっと丸めで楽しんでいる。お昼すぎには風で揺れる窓辺のカーテンと戯れてもいた。こうなったらもっといろんな素材を教えてあげたくなる。

◯月×日(生後149日)
この4.5日ほど、子どもが夜中に起きすぎである。授乳のために夜中起きる回数はせいぜい2回ほどだったのに、2-3時間間隔で起きては授乳をしていて、新生児の頃に逆戻り状態だ。あまりに授乳回数が多いので、大人のベッドの真ん中に置いているベッドインベッドに子どもを戻したかどうか、あやふやなまま眠りに落ちてしまう。大人が子どもに覆い被さって窒息してしまう、というケースもないではないのだから、気が気でない。あまりに授乳が頻回になっているため、この前は夢の中でも授乳をしていた。そして起きても授乳をする。どちらが現実なのだかわからなくなる。そうやって意識が朦朧とするだけでなく、実際に身体がきつく、今朝は胃痛で起きる始末だった。昼は昼でだいぶ頻回授乳、毎日身体をはっている自覚だけはある。もう5ヶ月近くになり、どの育児書にも授乳間隔は空いて楽になってくる、とあるのだが、それは我が子には当てはまらないようだ。どうしたものかとあれこれ読んでみると、子どもの昼寝時間が決定的に足りないことに気づいた。新生児の頃から眠るのがどうも下手な傾向にある。今の月齢だと、平均的には1日に3ー4回昼寝をするらしい。朝、昼、夕と。泣いてはお腹が空いているのだろうと授乳を始めていたが、うち何回かは眠くて眠れなくて泣いているのだなあ。お散歩も朝夕二回、できるだけ連れて行くようにしているけれども、この梅雨のシーズンで難しいことも。でも本当はもう少し長い時間外に出してあげていたら、リズムができてちゃんとお昼寝もできるのだろうか。

そういえば昨日、いつものようにお風呂上がりの授乳をして、さてこれから入眠ですよ、というタイミングで、子どもが私の人差し指をしっかと握り、こちらの眼をじっと見て、あーうーあーうー、と5分間くらいしゃべり続けた。あまりに真摯な眼差しに、これはきっと何かを伝えたいんだと思ってびっくりして、あれこれと訊いてみた。「私がヘトヘトでちょっとイライラしてたからかな、ごめんね」「元気出してと言ってるのかな」などなど、向こうのおしゃべりに応答するように話しかけてみる。それでも止むことなく、まっすぐな目で、あーうーあーうー、と言い続けたまま、やがてそのまま目を閉じて寝てしまった。まるでETのようだった。ETの造形はこの頃の子どもとの対話にあるんじゃないかと思ったくらいだ。こちらの心情を察していたかのよう。疲れてしまったかな、ごめんね、僕はもう今日は寝るね、と言っていたように思った。昨日今日と、私がちょっとささくれだっていたことと無関係でない気がしてならない。