アジアのごはん(94)シャン州納豆めぐり

森下ヒバリ

久し振りにタイ国境からミャンマーに入って、チェントンという町にやってきた。ここはミャンマーの南シャン州の東端に当たり、ヤンゴンから来るのは大変(飛行機代が高い)だが、タイ国境のメーサイからは陸路でターキレックに入って、そこから車をチャーターで3〜4時間でたどり着ける。チェントンの手前の山の上の新しい大きな寺からは、はるかにチェントン盆地が見渡せた。雨季の今、周辺は緑色の田んぼで囲まれ、なんとも美しい。

チェントンに着いた翌朝、さっそく大きな朝市に出かけてみた。シャン族独特の食べ物やお茶などをたくさん売っている様子にワクワク。さっそく、納豆を発見。チークと思われる葉っぱにくるんで、小さな竹かごに入れられている。二包みで500チャット(約10バーツ、35円)。かごは付いてこないが、友人が「そのかごも売って」と言ったらおまけでひとつくれた。
蒸した豆を葉っぱで包んでそのかごに入れて発酵させるのだろう。この納豆は小粒大豆製の粒納豆で、きれいに白い菌糸に被われ、臭みもなく大変おいしかった。粘りは少なめ。タイ北部をはじめ、シャン州ではけっこうアンモニア臭のきつい納豆が多いのだが、この納豆はとても食べやすかった。
米の粉で作ったカオ・フーンという甘くないういろうのようなお菓子、というかおやつがおいしそうで一切れ買うことにした。すると売り子のおばちゃんが、
「カオ・フーンに付けて食べるナムプリック・トナオも一緒に買いなさい」と小さなビニール袋に入ったものを見せる。シャン語はタイ語のルーツであり、かなり近いので、多少のタイ語が話せるとこの市場ではいろいろ話が聞けて、食べ物の謎がいくらか解けてとても面白い。
タイ語で「ナムプリック・トナオ」とは「納豆製のつけ味噌」だ。おお、これも納豆か! 二種類あって、ひとつは赤く、ひとつは茶色い。
「赤い方は、紅麹入りの腐乳と納豆、そしてたっぷりの味の素入りよ」
「ええ〜、味の素たっぷりは要らないよ〜」
「そうなの? こっちの茶色い方なら、納豆、生姜、トウガラシと塩だけをつぶしたものよ」
「ほんとに? 入れない方がおいしいのになあ」
「チェントンの人は味の素がないとおいしくないっていうよ。大好きなんだよ」
「はあ・・」
さっそく、茶色い方のをなめてみると、たしかに納豆ペーストであるが、生姜のよく効いた赤みそみたいな味でもある。納豆をペーストにしてからしばらく熟成しているような味だ。これ、キュウリにつけてもろきゅうみたいにしてもおいしそう。赤い方も味見してみたが、腐乳の味がやや勝っている。納豆もちょっと熟成させれば味噌に近くなるのだな。もっとも味噌ほど保存性は高くないような気がするが、買って帰ったナムプリック・トナオをしばらく置いておいてみよう。
生の粒納豆はあまり売っていなかったが、納豆をペーストにして直径10センチぐらいの薄いせんべい状にした乾燥納豆はたくさんの店で山積みされていた。これは、北タイでもよく売っている。あぶってスープの出しにしたり、揚げて食べたりする。半生状態のちょっと厚みのある直径7〜8センチのクッキー状のトウガラシや根ニラが入ったものもあった。しかし、こちらの味付きの方はどれも味の素がたっぷりだ。
シャン族のお惣菜屋さんでは、乾燥納豆を砕き、小魚や根ニラ、にんにくなどと一緒にカリカリに炒め揚げしたおかずも売っている。これは後で市場横の食堂でも出てきたが、白いごはんにとても合う。ごはんがすすむすすむ。これは、もともとビルマ料理であるふりかけに、シャン族の乾燥納豆が入っているもの。名前を聞いたら「トナオ・パラチョウンジョー」トナオはシャン語で納豆、パラチョウンジョーはビルマ語でふりかけ、なので名前もミックスだ。ビルマ語では納豆は、ペー・ポウッ。

チェントンは15年ぐらい前に来たときは、時の流れから取り残されたような静かで美しい町だった。50年ぐらい前のチェンマイはこんな雰囲気かも、と思われるような、独特なシャン族(タイヤイ)の建物が残る町であった。さすがに今回は、そういう雰囲気はかなり薄れていて、古い建物も多少は残ってはいるが、どちらかというとビルマという国の中のシャン州のよくある町のひとつ、という雰囲気になりつつある。
15年前はまだ、当時の軍事政権に対して独立闘争をしていたシャン州軍の影響力が大きく、ビルマ文化の影響が少なかったためだろう。
シャン州はシャン族を中心にいくつもの少数民族が住む州である。シャンとはシャムであり、タイ族のことだ。タイ族というと、タイ国に住んでいる人のこと、と思いがちだが、タイ族という民族は、中国広西省、雲南省、ベトナム北部、ラオス、タイ北部、タイ東北部、ビルマ東部シャン州にまたがる広い地域に住んでいる。もともとは揚子江南部に住んでいたが、漢民族に追い出されて、7世紀ぐらいから長い時をかけて南西方向に移動してきた。
住みついた地域でそれぞれの先住民族・文化との融合・吸収があり、定住した地域によってタイ族の文化や民族性はかなりちがうこともあり、似通っているものもある。
タイ族は水辺の稲作地帯に住むことが多く、稲作による富を得て、先住民族を支配下に置いてきた。シャン州あたりではかつてシャン族の国がいくつもあったが、ビルマ族との覇権争いに敗れて、現在はビルマ族の支配するミャンマーという国の一部になっているのだった。
ちなみに、もっとも後発のタイ族の国であるタイ国は、じつはタイ国中部地域では福建・潮州系華人との混血が非常に多い。さらに東北部はタイ系のラオ族、東南部はクメール族、北部はラオ、シャン系、南部はモーン族やマレー系と地域性が高く、タイ族とひとくくりにはとてもできない。タイ国人は、タイ族というよりは、タイ国に住み、王朝を崇めていれば「タイ人」である、という意識でまとまっているように見える。

チェントンの後は、同じシャン州のインレー湖畔の町ニャウンシュエに行く。陸路では行けないので空路になる。南シャン州のインレー湖周辺は、シャン族、パオ―族、インダ―族、ダヌー族、パラウン族などさまざまな民族が住んでいて、伝統文化をかなり残した暮らしをしている。ただし、多民族なため、町や市場での共通言語はシャン語ではなくビルマ語だ。
ニャウンシュエのミンガラー市場で、ゆっくり買い物をするには普通の日の早朝がいい。五日市のある時は売り物も多彩で面白いのだが、人もたいへん多いのでゆっくりできないのだ。今日はいつもより少し早く市場に出かけて、乾燥納豆などを買い込んできた。
問題は、乾燥納豆や、半生のクッキー状納豆によく入れられる化学調味料である。たっぷり入れられたものは身体が受け付けない。何軒か目においしそうな乾燥納豆を売っている店があったので、ビルマ人に書いてもらったビルマ語の「味の素を入れないで(チョーモー・マテッ)」という紙を見せながら、英語を交えて売り子のお姉さんに味の素入りかどうかをたずねてみる。なんとか分かってくれた。
「ああ、うちのは、入れてないわよ」「ほんと? こっちのクッキー状も?」「だいじょうぶ」
まあ、食べてみないと真実は分からないが・・。半生クッキー状の納豆は二種類あって、荒めに潰したものと、しっかり搗いてペースト状にしたものを丸めたもの。どちらもパオー族の作る納豆だという。乾燥したうすくて丸いせんべい状のものは、シャン納豆、それに近いが根ニラやトウガラシが入っているのはピンダヤ納豆とのこと。ちなみにお姉さんはパオ―族。このあたりでは、納豆はパオー族が作ることが多い。
ここのはアンモニア臭もなく、丁寧に作られた納豆だが、ほかの店ではかなり悪臭に近い匂いのクッキー状納豆も売っていた。油で揚げたり、炒めたりすれば匂いも飛ぶので気にしないのかな?
インレー湖畔の町では五日おきに開かれる大きな市を五日市と呼ぶ。普段は常設市場の割り当てられたブースでしか店は開いていないが、五日市の時には、小さなブースが道や通路にも広げられ、手作り品を持ちよっての店開きで、大賑わいになる。
常設市場にはあまり置いてない、生の粒納豆もたくさん売られる。先日インレー湖沿いのナンバーンという村での五日市で買ってみた生の粒納豆は、小さな小さな大豆に見えるが、丸みが少なくちょっとうすっぺらい。ホースグラムという豆でで作られた納豆であった。粘りは少な目、アンモニア臭がきつくあまり美味しくはなかった‥。
そこの市のひよこ豆トーフも今一つだったし、品物の質や味のレベルはニャウンシュエの方がいいのかもしれない。もっとも湖のそばで、ボートで行くので市場自体が観光化しているのだろう。これまで行った五日市でいちばんよかったのは去年行ったアウンバンという町の市だ。カローとヘーホー空港の間の町で、観光客はほぼいない。買い物している地元の人のかばんが、9割がた肩掛けになっている竹の丸い籠で、なんともかわいらしい。
さて、明日はニャウンシュエのミンガラー市場で五日市だ。人が多すぎる、とか言いながらやっぱりワクワク。ひよこ豆トーフを揚げて刻み、刻んだ野菜と酢醤油で和えるスナックのお店、出ているかな。チェントンの市場のようなおいしい粒の納豆を売っていないかな。
そういえば、チェントンで買った納豆味噌だが、ちょっとなめた感じが赤味噌っぽいので、もしかしてお湯で溶いたら味噌汁になるかも!と思って試してみた。カップにちょっと入れて、お湯を注いで、と。見た目は味噌汁みたいな色だが、その味は‥。
う〜ん、味噌汁というか納豆汁みたいな・・気もするけど、生姜が半端なく入っていて、喉がビリビリする。トウガラシも辛い。風邪の引き始めには、いい・・かも・・しれない。生姜入れ過ぎだよ!