アジアのごはん(95)腸内細菌にゴハン!

森下ヒバリ

9月号にビルマのシャン州の納豆の話を書いたが、シャン州の旅から帰ってくると、妙に体調がいい。そういえば、前回のシャン州の旅のあともそうだった。ヤンゴンで過ごした後は湿気とカビ菌にやられて寝込むほどなのに、この違いはいったいなんなんだろう。シャン州は田舎で空気がいい、人も少なくてのんびり、市場が楽しくてゴハンも美味しくて毎日が楽しいから? う~ん。

シャン州のニャウンシュエから、タイに戻る途中に寄った、マンダレーのビアーステーションで生ビールを頼み、つまみに付いてくる炒り豆をぽりぽり齧りながら考えてみた。
「この炒り豆、うまい!小さいけどひよこ豆かな?」「あ、お兄さん、ビールもう一杯。それと、この豆もおかわり!」

シャン州の食事はやたらと豆製品が多い。ビルマ料理も豆をよく使うが、もっともっと使う。納豆を料理によく使うし、出しにも使う。そして、各種ゆで豆やもやし豆を青菜と炒めたり、カレーに入れたり、豆のスープ、ひよこ豆の粉から作る豆腐、それを薄く切って乾燥させたものを油で揚げるおつまみ‥。米麺のシャン・ヌードルにもコクを出すために仕上げにひよこ豆の粉をふりかけるし、さらに茹でえんどう豆の天ぷらがトッピングされることもある。

市場に行くと、生の豆はもとより、茹でた豆も売っているし、炒り豆のコーナーもある。ニャウンシュエのミンガラーバ市場の炒り豆コーナーは何種類もの炒り豆を売る店が平日で3~4軒、五日市の時は10軒ぐらい出ている。豆好きの相方はもう、はしゃいで一度に何種類もの炒り豆やフライビーンズを買うので、シャン州にいる間は常に部屋に豆があり、毎日外食でも豆を食べ、部屋でのおやつにも豆を食べ、の毎日であった。

しかも、この豆がまたおいしい。前回の旅の時に、市場で「炒り大豆かあ‥」と何気なく味見してみたら、えっとのけぞった。うまいじゃいの、これ。日本で料理するときにはわりと豆を料理に使うほうだ。しかし、大豆をそのまま、という食べ方は好きではないので、炒り豆を食べることもなかった。味付けなしの、ただカリッと炒っただけの大豆やひよこ豆や、名前の知らない豆がこんなにうまいとは。

シャン州に行くと元気になるのは、やっぱり豆をたくさん食べるからかな、と思い至ったところでハヤカワ・ノンフィクション文庫の「腸科学」(ジャスティン&エリカ・ソネンバーグ)の中で語られていた、「腸内細菌に食事を与える」というくだりを思い出した。日本に戻ってから読み返してみると、やはり豆類は腸内細菌の食事である食物繊維が豊富である。(ただし、この本の中では、食物繊維という定義が国によって違ったり、測定方法がまちまちであったりすることから、「腸内細菌が食べる炭水化物microbiota accessible carbohydrates」略してMACマックと呼んでいる。)

近年、腸内細菌の役割と重要性が科学的にもかなり分かってきて、腸内細菌叢を豊かに保つことが健康維持に重要であることは、周知されつつある。では、腸内細菌叢をよい状態にするにはどうしたらいいのか。

たいがいの人はヨーグルトを食べるとか、味噌や納豆などの発酵食品をつとめて食べるのがいい、と答えるだろう。または、ビオフェルミンを飲むとかプロバイオテクス(有用菌)のサプリメントを飲むとか。

これも間違ってはいない。しかし、これは腸内にいる常在菌ではなく、通過していく有用菌と呼ばれる微生物を摂取する方法だ。有用菌は腸内常在菌ではないが、これまた大腸の中で重要な働きをするので、これらを食べることは大切である。また環境から抗菌剤などの菌を殺すものをなくす、むやみに抗生物質を飲まないということも重要である。

そして、もうひとつ大切なのが、腸内細菌が食べる食物、つまり腸内細菌のゴハンを食べることなのだった。腸内常在菌のゴハンとは、人が食べて小腸で吸収されなかった、出来なかった炭水化物(MAC)、(ここではややこしいので日本式に食物繊維と呼ぼう)である。食物繊維とは植物に含まれる難消化性の炭水化物のこと。水溶性食物繊維と不溶性食物繊維とに二分され、水溶性はペクチン、グルコマンナン、アルギン酸などで、不溶性はセルロース、へミセルロース、リグニンなどが含まれる。

腸内細菌は、人が食べた植物性の炭水化物(糖類)のうち、小腸で吸収されなかった(できない)多糖類の炭水化物である食物繊維を大腸で食べる。ちなみに人は胃と小腸で食べ物の消化・吸収をおこない、腸内細菌は大腸に住んで自分たちの食べられる食事が回って来るのをじっと待っているのだ。

この腸内細菌の存在は、ヒトにとってなくてはならぬもので、人類発生以来、共存してきた大切なパートナー。大切なペットと考えてもいい。エサをやらなくちゃ、弱って死んでしまうよ。毎日喜びと健康を与えてくれる、愛おしいペット。ペットが死んでしまったらこちらも弱って病気になり、死んでしまうぐらいの深い結びつきだ。ペットに興味のない人は、大切な恋人、妻や夫でも子供と考えてもいい。

とにかく、自分が食べなければ可愛い腸内細菌くんたちのところに食事が行かないのだから、小腸で吸収する栄養以外にも、ちゃんと腸内細菌用の食べ物を食べてやらなければならないのである。

腸内細菌たちの食事をとるのをむずかしくない。とにかく毎日、植物性の食べ物をたくさん食べればいい。食物繊維は植物に含まれる。食物繊維の中でも水溶性のものが多いものをなるべく選んで食べるのがいい。菜の花や春菊などの青菜、にんじん、たまねぎ、ごぼう、ブロッコリーなどの野菜、にんにく、らっきょう、ゆりねなどの塊茎、いんげん豆、えんどう豆、大豆、ひよこ豆などの豆類、こんぶ、かんてん、ワカメなどの海藻類、りんごやバナナ、プルーン、きんかん、アボカドなどの果物、さつまいもやきくいもなどのイモ類。穀類にもライ麦やオートミールには多い。オクラや納豆、モロヘイヤ、山芋などねばねばした食品にも多い。ゴマやシソ科のエゴマにも多い。同じシソ科のチアシードは群を抜いて多い。

ところが豆類でも、大豆は豆腐に加工されるとぐっと減ってしまう。穀類も精白するとなくなってしまう。にんじんやりんごも濾してしまうジュースでは含まれない。レタスにも少ないので、ファストフード類の食事だけだと、お腹はいっぱいになっても、腸内細菌たちは飢えたままだ。

どうしても、充実した野菜の取れない食事の時には、水溶性食物繊維をとても豊富に含むチアシードを大匙一杯追加する手もある。チアシードは、2~3日分を水に戻して冷蔵庫にしまっておいて、ヨーグルトに混ぜたり、サラダに混ぜたり、そのまま食べちゃってもいい。もちろん、毎日食べるのもお奨めである。

最近のわが家のおやつとビールのアテは、もっぱら炒り豆や殻つきピーナツ、クルミやアーモンドなどのナッツ類だ。おやつが食べたくなったらテーブルの上に置いた炒り豆をちょっとつまんではぽりぽり。甘いものを食べる回数も減った‥。

気をつけたいのは、なるべく無農薬のものを選ぶこと。最近、おそろしい除草剤の使い方が日本でも大規模農業を中心に広がっているからだ。モンサントが開発した除草剤ラウンドアップは名前を変えて三井化学が安く販売しているが、これを収穫まぢかの大豆や小麦に直接かけるのである。雑草を駆除するのではなく、作物本体を立ち枯れさせて収穫を容易にするためだという‥。外国産の大豆や小麦のポストハーベストも真っ青のこの除草剤使用農法、ここ数年でかなり広がってきた様子。

いまのところ、大豆と小麦ぐらいのようなので、少なくとも大豆製品と小麦製品は無農薬のものを選びましょう。いくら食物繊維を食べても、毒を食べた上に腸内細菌まで除草されては、どうしようもないからね。