メキシコ便り(4)

金野広美

行ってきました。ホンジュラスとグアナファト。

まず、ホンジュラス。メキシコと同じラテンの国とはおもえない程、地味ーな国でした。首都テグシガルパの空港はとても小さく、搭乗口も4、5ヶ所くらいしかなかったと思います。街も小さく、高級住宅街のまわりには山肌にはりつくようにバラックの家々が頂上ちかくまで建っていました。よく停電や断水があるらしく、私の友人の家ではいたるところにきれいにデザインされたろうそくが置かれ、大きな水のタンクが常備されていました。

ここにはコパンルイナスというマヤ時代の大きな遺跡があります。もちろん世界遺産にも指定され多くの観光客が訪れる場所なのですが、バスで8、9時間かかります。さんざん迷ったあげくここはやめて飛行機で45分のカリブ海沿岸のラ・セイバという港町に行きここから、ウティラ島にいくことにしました。ラ・セイバは明るい陽光がさんさんと降り注ぐ街で黒人の比率がぐんと高くなります。街には多くの露天が並び、あふれんばかりの野菜や果物が売られていました。店のおばあちゃんと話し込んでいると、学校から返ってきた孫のカテリーナちゃんがそっと椅子をもってきてくれました。デジカメで写真を撮ってすぐに画面を見せると、私も私もと子どもたちが寄ってきます。そして画面に映った自分の姿に大喜びです。ここでは学校は昼までで終わり。そして子どもたちは昼からは働きにでます。よく働き、よく笑うかわいらしい子どもたちでした。

ウティラ島はラ・セイバから船で1時間。ダイビングのライセンスが安くとれるということで、欧米から多くの人が来ていました。海は透き通るようなエメラルドグリーンで私もさっそく泳ぎました。でも美しいといわれる浜までの足がなく港の近くの海岸だったので、ごみが多くちょっと残念でした。そしてやっぱりやられました。蚊の大群、100ヶ所くらいは刺されました。現地の人は刺さないのに、観光客の血はおいしいのでしょうか。これだけ刺されてデング熱にならなかったのはすごいことだと友人に感心されてしまいました。そう私は悪運の強い人間なのです。

ま、このように、楽しくもかゆい経験をしたホンジュラスでしたが、私がこの国にいちばん感じたことは、はがゆさでした。すばらしい観光資源があるにもかかわらず、交通手段が整っていません。コパンルイナスにも隣のグアテマラからの方が近いのでそっちに人が流れています。カリブ海のように美しい海と島があるのですから、ハリケーンで倒れた家をそのままほっとかないで、こぎれいにしたら、メキシコのカンクンとまではいかなくても、もうちょっとは観光客も呼べ、国も豊かになるのではと、まるで行政官のように頭のなかにいろいろなプランを描いてしまいました。人々は朝早くからよく働き、メキシコ人のような底抜けの陽気さはありませんでしたが、少し、はにかみながらも、とても親切にしてくれました。

ホンジュラスから帰ってすぐグアナファトの国際セルバンティーノフェスティバルに行きました。10月3日から21日まで、27カ国、約2400人の出演者で開かれたこの催しにはメキシコ国内はもとより世界各地から大勢の人が集まりました。テアトロフアレスというすばらしいメイン会場をはじめとして17ヶ所の会場でコンサート、ダンス、芝居が、また、大学や美術館、博物館で映画や写真展、絵画展、モダンアートなどさまざまな催しがあり、街の広場では一晩中若者のロックコンサートやアフリカンダンス、大道芸などが楽しめました。

このように大掛かりな、市をあげての催しですが、コンサート会場は劇場ばかりではもちろんなく、大きな広場の特設会場だったり、農場の建物の一角だったりと、いろいろ工夫がこらされていました。こんなに多くの会場を用意できるというのも、建物の中にはパティオと呼ばれる中庭があったり、街中にプラサといわれる噴水のある広場があったりと、いたるところに余裕の空間がたくさんあるからだと、狭い大阪の街を思い出しながら、うらやましくなりました。各プラサをはしごしながらアフリカンダンス、キューバの楽団、アルゼンチンタンゴ、メキシコのジャズ、コンテンポラリーダンスを見ましたがそれぞれにおもしろかったです。特にアルゼンチンタンゴは日本で聞いていたものとは全く違っていました。シンセサイザーを中心にギター、ドラム、ピアノ、チェロ、胡弓、そしてバンドネオンが即興的に音楽を作っていくというもので、最初は変わった楽器の構成だなと思っただけでしたが、聞いているうちにその音作りに引き込まれました。

グアナファトから帰った次の日からさっそく始まった学校でしたが、11月1、2日は休み。この日は死者の日といって日本のお盆のようなもので、死んだ者たちが帰ってくる日なのです。メキシコ古来の伝統行事にキリスト教の行事ハロウィーンがドッキングしたようなものです。1週間くらい前から街中にはきれいに着飾った骸骨人形が現れ、お菓子も骸骨、パンも骸骨、家々のドアやベランダには骸骨がかざられ、街の広場には骸骨のモニュメントと、街中が骸骨だらけになります。しかし、この骸骨、日本のようにおどろおどろしいものとは全く違い、とてもユーモラスで、エレガントなのです。

1日の夜は子どもの霊?が帰ってくる日、みんなお墓をきれいに掃除して、花やお菓子で飾り一晩中墓場でフィエスタをやります。こどもたちはかぼちゃや骸骨の仮装をして、手にかぼちゃをかたちどったコップのようなものを持ち、家々をまわり、街行く人々の間をちょこまかと行き来しながらお金やお菓子をその中に入れてもらいます。多くの露天が軒を連ね、オールナイトで大騒ぎです。

日本では死は恐れられ、骸骨は忌み嫌われますが、ここでは死は恐れるものでも悲しむものでもなく、死者の象徴である骸骨は友達のようなものなのです。死者の日はこどもたちにとっては楽しい楽しいお祭りで、待ち遠しくて仕方のない日なのです。このようにメキシコでは死に対する考え方、感じ方が日本とまったく違うことに驚きつつ、死を祭りや商売に変えてしまうメキシコ人のしたたかさに感心してしまいました。