ちいさいひと

時里二郎

くすくすわらいする山羊のそばには
いつもちいさいひとがいる

ちいさいひとは作り話が得意で
次から次と話を紡いでいくものだから
それで大きくなれないのだ

でも それをやめてしまうと
だんだんちぢんでいって
おしまいは けむりになってしまう
といううわさもある
いやいや それもちいさいひとが作ったおはなし

くすくすわらいする山羊のそばに
人のひとりもいていいはずなのに
山羊だけに聞かせるのはもったいない
山羊を柵につないだ人はどこへ行ったのかしら
ちいさいひとにはとても山羊は引けそうにない

それでも
ちいさいひとは
山羊のために話を紡ぎ
山羊はくすくすわらっている
そんな一年十年百年千年を生きている

ふいに
おまえはだれ という声がした
わたしの耳の奥の森の入り口の方
たしかにそれはちいさいひとの声

「『おまえはだれ』 と呼びかけると
『おれはその山羊のあるじ
おまえがちいさいひとになるまえのおまえだ』」

山羊はくすくすわらい
ちいさいひとは
次の話をするために必要なあたらしい息のように
すこしふくらんでいる

  (名井島の雛歌から)