「出口の町」

管啓次郎

さびた橋をわたってゆくといい
電柱が樹木に変身中だ
垂直と水平がどこでも戦っている
また窓の不安がつづく
水路が心にひび割れさせる
あれはセイタカアワダチソウなのそうなの?
この風景こそ人の世のキワだ
そして終わりはいつでもやってくる
居住が無くなって土地にシメナワが張られる
だが土の下は1kmはあるはずだ
掘ってゆくつもりなら根気よく
決算を裏返して否定するのか
用水路は潜在的には奔放な大河
車がランダムな方向に逃げてゆく
また終わった、途切れた道が
明るい墓にぽつんと立つ女は白い服を着て
空は鏡のように曇っている
五色の吹き流しで苗床を守れ
どんなに守っても空にさらされている
雲の美しさ、美しい重さ
幽霊のように十字架が立っている
幽霊のように鳥たちが舞っている
土は山脈
もぐらは見えない
この先で直進するか左折か
水の光にふるふると脅かされている
ビニールハウスほど恐いものはない
つづく窓の恐ろしさ
区画された天国の扉
舗装なき道が川のように流れて
住宅を岸壁に変える
巨大なプレートが翼のようだ
おかげで川が生気を取り戻した
生気を与えることで生気が湧いてくる
この道には舗装がない
木々もすっかり裸になって
美しく瘦せている
葉のない枝が空をかきむしる
空に読めない文字を篆刻するのだ
古墳のような丘があって
聖域を定義しなおしているらしい
遊ぶ子は神々か、踊るのか、泣くのか
枯草が海のように荒れている
道のすぐ脇の通行不可能
突然に西洋が現われた
どこにもない西洋の亡霊だ
「暴戻」という言葉は使ったことがないな
人間はみんなそれだ
それが得意なのだ
人が占有した空虚が道路なら
私が花を咲かせましょうと樹木がいう
夕方の光がルートインを燃やし
すでに闇にある水を怒らせる
その家の住人は知りません
空が重いから必ず右へゆけ
「れ」の命令を守れ
霊は死にません組に投票しましょう
命がカナトコのように重い
水のように重くて運べない
氷のようにすべってほしい
ペイント屋の手前で花が道を守る
この道路もやはり誰も通らない
まるで牢屋のようにフェンスがつづく
この小川は渡るなと鎖がいう
重機(ローラー車)がぽつんと待っている
サッポロビールを飲みにゆこうよ
ほら、その先の紫の花を曲がってください
江戸切り蕎麦のそばに変な屋根がある
またニセの西洋
ここにホンモノは何もない
すべては既視の光景だったが
歩いていると
どんどん見慣れないものになってゆく
SALVAGEというが何を救うんだ
頬にエンボスされたタイトルの光
アスファルトが水の皮膜におおわれて
その奥の小さな部屋に住むのはきみだ
「住宅」と書かれた軽乗用車
水田の中を曲がってゆきな
整った白い箱に住む人々もいる
あの片流れの屋根を見ていると
どうにも苦しくなる
広すぎる駐車場に車はいない
草が飛んで戻ってきた
水の層を避けて生きるのか
かまぼこ型の孔があいた建物や
丸い木に守られた家がある
山は遠いか、気配は近いか
車たちが集まり出口は見つからない
家が問題だ家の屋根が
区画のゆがんだ水田
壊している/放置された建物の構造
光が棄権する
危険な角度において太陽を避けようと
塀際を歩く
一本の電線の下をゆく
誰も着ない洋服を由麻はどうする
樹木が頭髪のように刈られて
むきだしの地面を見ている
下着姿の女
2/4は軽乗用車、窓は黒い
アパートの窓が観客席のように多いな
スリットになった窓は機械山羊の目
白い砂利をばらまきながら
太陽光発電を支援している
ここまで来たら住めないでしょうというくらい
ブロック塀の中は森に戻った
クリスがクスリのアオキに通うため
地面に道ができました
もう作物はできない
水たまりは湖のように広がる
使われない車に青いシーツをかけておく
過去十年のうちに塀が倒れてしまった
それも緑の反乱だ、遠くが明るい
雲は厚いが夕方の光がやってきた
影を連れて
小さな人が歩く姿が光の刷毛で
暗い緑にさらりと描かれている
道が終わった
道が道を回避する
鳥が飛んで道を回復する
その先では亜熱帯を制作中
棕櫚が泣きながら灰色に抵抗する
この道を使ってはいけないこのアスファルトを
標識が三角形の白い顔をして
さびしそうに笑っている
高架があるときその下で何かが途絶えた
行き場がなくもう出口もない
だんだん写真に映らなくなってきた
もうこの絵を見ているだけでいいよ
そこで出てそこを走ると
THE SPORTS AUTHORITY があり
TOYS ‘R’ USがある(Rは鏡文字)
荒れる海のような中央分離帯だ
命を預けたくないので
病院のまえは必ず迂回する
ここにも奇妙な西洋パティスリあり
とても人が住める気温でない夏だ
温度や湿度というより雲の色だ
灰色だ、人を拒絶している
鳥獣や霊を歓迎している
そしてまた濡れた路面があって
草が勇気のように湧いてくる
側溝にかぶせた網目の蓋が
心を割る
それから非常に場違いなigrejaがあった
ポルトガル語の祈りが聞える
不法投棄された石の群れが
血を流しているように見えるだろう
そこからゆっくりカーヴする道は
誰も住まない充満した町
あの街路樹はなんといったっけ
桐生に海はないのに競艇場があるのか
そこに広大無辺な無料駐車場あり
森を作るつもりか雨上がりの地面では
緑の予感がゆれる
そして整地された廃屋(まだ人が住んでいる)
そしてピュアな恋愛ホテルの裏は墓場
突然出現する朝鮮飯店で
しゃぶしゃぶでも食べようかな
スロープありて軽が並びし夕方を
そのまま絵にしたわけだ
この道はもう使わないので
植物たちに返そう
アスファルトも自由に割ってください
マグマを割るように
この広場なら水たまりでいいです
車はおとなしくお尻をむけている
この季節にはツツジ咲き
できそこないのアメリカのようだ
その証拠にはごらんあちらに
自由の女神が立っている
手前には「土」がつまれて
(さくらっ子? もぐらっ子?)
さらに地面に孔が開いている
いらないものは高架道路下で回収します
ここにきみの心や
誰であれ死体を捨てないでください
その先にぽつんと立つ新建材住宅は
もうじき太陽からも捨てられそうだ
そうなったらさようなら
さようなら
すべてが救われて
出口はまだない


(吉江淳写真集「出口の町」全3冊の観察から)