プレスリーが出ない、プレスリー映画

若松恵子

今年の4月に出版された片岡義男さんの『彼らを書く』に紹介されている映像を、順番に手に入れて、楽しんでいる。ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリーというロック史に燦然と輝く「彼ら」と再会しなおす体験となっている。

夏には、エルヴィス・プレスリーの章にたどり着いた。エルヴィス、今まで誤解していてごめんなさい!という感じだ。誰かが物まねしていた、ラスベガスの白いジャンプスーツのエルヴィスを、エルヴィスだと思っていたなんて。もったいない事だった。

エルヴィスが最初に映画に出演した「ラブ・ミー・テンダー」、「さまよう青春」、「監獄ロック」と見ていくと、映画の中の歌うシーンで輝いているエルヴィスに会うことができる。どの作品も孤独に生きる青年が歌の才能を見出されて成功していく単純なストーリーだが、彼そのままが出ているような、素直な演技に好感を持った。物まねみたいに大げさでコテコテな人ではないのだ。練習して身につけたダンスではなくて、自由にノッたらこうなりましたという体の動きも良かった。パラりと垂れるリーゼントがかっこよかった。ポマードで固まった髪ではなかったのだ。

ラスベガスのショーの直前の時間からさかのぼってエルヴィスの生涯を紹介する「ザ・シンガー」を見た後、歌う彼の姿をもっと見たくて、『彼らを書く』には紹介されていないけれど「ジス・イズ・エルヴィス」、「’68 カムバック」、「エルヴィス・オン・ステージ」を見た。片岡義男さんのエルヴィスは、入隊するまでのエルヴィスのようだけれど、映画から音楽の世界に戻ってきた、最後までステージに立ち続けたエルヴィスも良い。

そんな風に、だいぶ彼のことが分かってきた頃に見た、エルヴィス本人が出ない2本の映画がとても心に残った。立て続けに見たせいもあるかもしれないけれど、この2本が呼応し合って、今でもかすかに残響している。

『彼らを書く』には、本人が出ない映画がわりと紹介されていて、そこが片岡さんらしくて面白いなと思う部分でもあるのだけれど、「グレイスランド」と「ハートブレイクホテル」は本当に不思議な映画で、この本で紹介されていなければ見ることが無かっただろうと思う。(最後に紹介されているアルゼンチン映画「ザ・ラスト・エルビス(英題)」はどうしても入手できなくて見ることができていない。これが最高だったのになーと言われたら悔しいのだが)

「ハートブレイクホテル」は、1972年の設定で1988年に制作された映画。ツアー中のエルヴィスが、母親を元気づけるために高校生の息子に誘拐されて、その家族と数日を一緒に過ごすというファンタジーだ。エルヴィスなんて時代遅れだと思っていた息子といっしょに過ごすうちに、互いに理解し合い、父親みたいな役目を果たしたり、ロックバンドの先輩として歌い方を指南することになるというストーリー。エルヴィス自身もそんな時間の中でエルヴィスを取り戻したと言って去っていく。「あの頃の自分を取り戻したい母親と、ほんのいっときであれ1957年当時に戻れたエルヴィスとの、共通した到達点というファンタジーがここにある。」と片岡さんは書いていている。映画作者は、ツアー中にもし、こんな心温まるエピソードがあったら、というところからこの物語を発想したのだろうか。青年に拉致されても、その理由を理解したらこんな風に過ごしたかもしれない、そんなやさしい人としてエルヴィスを理解していたからこそ、このような物語を発想することになったのかもしれない。若者世代からエルヴィスは死んだと言われているような70年代に、でも、エルヴィスはロックンロールを共通項に若者にも受け入れられるんだよというファンタジーをエルヴィスのために作ったように思った。たぶん若い映画作者からのエルヴィスへの贈り物だ。

「グレイスランド」は、エルヴィスと名乗る男性を、ヒッチハイクで乗せることになった青年が、その男に助けられて傷ついた人生から再生していくという物語だ。彼はエルヴィスの物まねがうまい人なのか、それとも、ついにエルヴィスと名乗るまでになってしまった熱烈なファンなのか?謎のまま物語は進む。そして終わり近くなって、どうやら、彼は天使になって、今でも色んな人を助けている、エルヴィスその人自身なのだという事が分かってくる。エルヴィスに似ていないままで、エルヴィスなるもののエッセンスを表現したハーヴェイ・カイテルが良い。同じような意味で、マリリンモンローを演じたブリジット・フォンダも良かった。ハーヴェイ・カイテル演じる男が、物まねショーのような舞台でエルヴィスの歌を歌って、精根尽き果てて舞台袖に倒れ込んでしまうシーンがある。天使になったエルヴィスは、その気になれば歌だって歌えるのだけれど、それにはずいぶん魂をすり減らしてしまうというエピソードのようで、ちょっと悲しい。

けれど、この映画によって、エルヴィスは天使に姿を変えて、今でも多くの人を助けている。そう思う事ができてば、エルヴィスの早すぎる死も悲しい出来事ではなくなるのだと思った。