ジルベルト・ジルの来日公演

三橋圭介

60年代終わりから、カエターノ・ヴェローゾやトン・ゼーなどとともに、「トロピカリア」という実験的な芸術運動によってブラジル・ポップス界をリードしてきた66歳のジルベルト・ジルが10年ぶりに来日し、大阪、東京などでライブを行った。10年ぶりというのは、2003年から約6年にわたり、文化大臣の職にあったこともあるだろう。だが、7月30日にルーラ大統領との会合によって辞職が決定し、8月には11年ぶりのオリジナル・アルバム「バンダ・ラルガ・コルデル(ブロードバンドのパンフレット)」とベスト盤「グレイテスト・ヒッツ」を発表、そのワールド・ツアー「ブロードバンド・バンド・ツアー」によって音楽活動に全面的に復帰を果たしたなかでの来日となった。しかも今年は日本ブラジル移民100周年の記念の年でもあり、日本ブラジル交流年特別記念イヴェントに音楽家としてジルが参加したことは意義深い。満員の会場は、ジルが舞台に登場したときの熱狂ぶりからもその来日がいかにファンにとっていかに待ち望まれていたかがわかる。ニューアルバムとベスト盤を中心にしたプログラムから次々と繰りだされるジルの強烈なリズムの音楽は、われわれの参加を呼びかけ、巻き込んでいく。ノリノリの「ナゥン・グルーヂ・ナゥン」ではダンス会場に変え、途中、日本ブラジル移民100年としてブラジル公演を行ったガンガ・ズンバの宮沢和文が「島歌」をジルと歌い会場を盛り上げた。また9.11だったこともあり、ジョン・レノンの「イマジン」やボブ・マレーの愛をテーマにした曲なども披露した。しかし圧巻はシンセサイザーの効果音や照明を巧みに使ったラップ風の「世界の穴」で、日本語も使って貫禄の舞台を見せつけた。今回、ブロードバンドという名の通り、ライブに参加した人のビデオ録画、録音、写真などがフリーにされ、それらをYouTube(http://www.bandalargacordel.com.br)にアップすることも呼びかけられている。実際、携帯の写真やビデオを録画している人がたくさんいたが、YouTubeには日本公演を含め、この世界ツアーのさまざまな映像がアップされ、情報を共有することができる。「芸術と科学」「伝統と革新」をテーマに取り組んだアルバム「クアンタ」から11年、インターネットなど新しいメディアやコミュニケーション・ツールだけでなく、今回のライブはジルの音楽世界の新たな広がり(ブロード)を実感することができた。ジルは宮沢にいった。「トロピアリアはイズムではく、態度(アティチュード)なんだ」と。このことばは今もジルベルト・ジルのなかに息づいている。

(9月11日、東京国際フォーラム・ホールC)