トルコのビール泥棒

さとうまき

ヨルダンから会議のためにイスタンブールに飛ぶことになった。イラク人のビザが、他の国では難しいというのだ。埃っぽいアラブの国とは違い、かつてのオスマン帝国、国の規模はでかく、上品な町並みだ。イラク人たちもおおはしゃぎで、観光に繰り出す。

この国は、イスラム教徒が大半だが、世俗主義を掲げているので、街中でも平気でお酒などを売っている。レストランやバーでお酒を飲んでも大丈夫そうな雰囲気がたまらなくいいのだ。ヨルダンでも酒を売っているのだが、部屋で飲んでも、空き缶を捨てるのに一苦労。人目が気になり、最近は、高級ホテルのバーくらいじゃないとなかなか飲もうという気になれない。というわけで、トルコに来るとなんとなくうきうきしてしまうのだ。

しかし、今回、私は、体調を壊していて、寝込む羽目になってしまった。会議以外はホテルで動かず、じっとしてひたすら体力を保つという戦法を取らざるをえなかった。ところがホテルがオーバーブッキングになっていたらしく、「申し訳ないのですが、相部屋にしていただけないでしょうか?そのかわり、今晩のディナーをサービスさせていただきます」というのだ。合計14名だから、5万円くらいのサービス。

というわけで、私の部屋には、イラクのローカルスタッフのイブラヒムが転がり込んできた。私は、ずっと寝ていた。ディナーの時間になったが体は動かず断念。夜中に目をさましたが、イブラヒムはいなかった。「はて、夜遊び?」と思いもしたが、私は再び深い眠りについた。翌朝、イブラヒムに、夜遊びに行ったのかと追求すると、私がせきこんでいるので、風邪が染らないように、別の部屋に避難したそうだ。さすが、イブラヒムである。体力を温存し、毎日会議が終わると、観光とおいしいものを食いに外に出かけていったようだ。

会議もどうにか無事に終わり、チェックアウトしようとすると、「ビールを飲みましたね」とお金を請求される。なんだって! 体調を壊して今回の滞在では、大好きなビールも飲んでいないというのに。
「いや、冷蔵庫から、もって行ったでしょう」
「何を言う。飲んでないぞ」
「いや、飲んだ」
「何だと、このぼったくり野郎!」

フロントでもめていると、イブラヒムがとおりかかり
「ワタシ・デス」というのだ。
「何で、お前がビールを飲むんだ!」
「イブラヒム、ジュースだと思ってアケマシタ」
ビールだと気がつくと、あわててトイレに流し、身を清めるためにシャワーを浴びたのだという。
「何だって!」
「ワタシワ、イスラム教徒デス。お酒は、禁止デス。ケガラワシイネ」
それは、いいんだけど何でトイレに流すんだ! 俺が飲んだのに。もったいない!