バスのなかで本が読めなくなったら終わり。

植松眞人

 いつものバスに乗り、容子はいつもの二人がけシートの奥に腰を下ろした。都心から自宅近くのバス停まで、これから三十分近くこの席に座っていく。よほど疲れていない限り、容子はこの席で小説を読む。大好きな小説家の新刊が出たときには単行本を読み、読みたい新刊がないときには若い頃に読んだ文庫本を本棚から引っ張り出してくることもある。どちらにしても、仕事帰りのバスの中で読むのは楽しみのための小説だけだ。間違っても仕事に必要な資料を読んだり、上司から預かったレポートの数字を確認するようなことはない。
 このバスに乗るようになってもうどのくらいになるだろう。高校まではすべてが自宅の近くに揃っていたので、バスに乗るのは月に一度程度、家族で都心に遊びに行く時だけだった。大学の四年間は実家を離れ、叔母の家に下宿させてもらっていたので毎日自転車を使っていた。社会人になってからはいきなり関西への配属を命じられて、社宅から会社まで毎日歩いて通っていた。いま思うと歩いて通える場所にないと寝る暇がなくなるほど忙しい毎日だった。
 容子が実家に帰ってきたのは父が亡くなって一年ほどした頃だった。その頃、容子は最初に勤めた会社の同僚との結婚生活に失敗して、新しい仕事を探していた。毎年毎年、盆と正月には一緒に容子の実家に顔を出していた夫が、盆も正月も立て続けに顔を見せないことで母は容子の結婚生活の変化を感じ取っていたらしい。電話では単刀直入に質問されてしまい、容子は素直に答えた。
 すると母は、「それじゃ、こっちへ帰ってこない?」とまるで小学生に「晩ご飯だから帰ってきなさい」とでもいうようにするりと言ったのだったのだった。容子も「そうしようかな」と言って、母との二人暮らしがあっさりと決まった。
 実家で母と暮らし始めた頃に、母は冗談めかしてこんなことを言ったことがある。
「あんたと、二人でここで暮らすのが夢だったのよ」
 容子は驚いて、母を見た。
「夢ってどういうこと?」
 容子が聞くと母は笑った。
「だって、お母さん、お父さんのこと嫌いだったのよ」
「嫌いだった?」
 父が亡くなったときにも、あんなに泣いてたじゃない、と言おうとする容子を母は制した。
「あんたが言いたいことはわかるわよ。あんなに仲よさそうだったのにってことでしょ」
 容子は真顔で母を見つめる。
「大嫌いじゃないのよ。少し嫌いって感じかな。で、好きなところもたくさんあるの」
「ややこしいなあ」
「そう、ややこしいのよ。そのややこしいのが歳をとるにつれてもっともっとややこしくなって、時々顔をみるのも嫌になるのよ。もちろん、そんなときも笑ってるけど」
 母はそう言うと笑い出した。
「だから、この家で一緒に住むのがお父さんじゃなくて容子とだったら気兼ねなく楽しいだろうなって思ってたのよね」
容子は母の話を聞きながら、なんとなく思い当たる節があった。そもそも父は杓子定規な細かい性格で、おおらかな母とは意見の合わないことが多々あった。それでも、性格が違うからこそうまくいくこともあったはずで、今になって母が一緒に住みたかったと言い出したのは意外だった。
「でも、本当はもう一人一緒のはずだったのよ」
 面を食らっている容子に母は続けた。
「もう一人って誰よ」
「孫よ。あんたの娘。あんたが結婚して娘を産んで、娘のおむつが取れる前に離婚してシングルマザーになって、お父さんが亡くなったあとの実家に戻ってきて、三人で暮らすのが夢だったのよ」
「なにそれ。子どもなんていないし、女の子ってことまで決めってるし」
「だから、あくまでも夢なのよ。私の妄想」
 バスが大きく揺れた。珍しく本を開いたまま物思いにふけっていたことに気付いて、容子は本を閉じた。そういえば、私が本ばかり読んでいるのも、母に似たのかもしれないと思う。母は若い頃、小学校の先生をしていて、容子に読み聞かせをするのもうまかった。感情移入する一人芝居のような読み聞かせではなく、NHKのアナウンサーのような優しく温かな上手な読み聞かせだった。
 母が夢だと言っていた私との二人暮らしは二十年で終わった。容子がちょうど五十歳の時に母は七十八歳で亡くなった。いま容子は実家で一人で暮らしている。あれは母が六十半ばくらいの頃だっただろうか。こんなことを言ったのだった。
「あんた、バスの中で本読める?」
「読めるわよ。仕事とプライベートのスイッチを切り替えるのよ。バスの中の読書で」
「私もそうなの。都心のデパートに買い物とか行くでしょ。で、この辺にないような大きな本屋さんで大好きな作家の新刊を買って、帰りのバスで最初の何ページかを読むのが幸せなのよ」
 母はそう言うと、本当に嬉しそうに笑った。そして、その後、少し寂しそうな表情になった。
「だけどね、最近辛いのよ」
「なにが」
「本を読むのが…。根気がなくなったなあというのは前からあったの。若い頃は何時間でも夢中で読めたのよ。それこそ、大好きな作家の本なんて夕方が読み始めて明け方までずっと読み続けたりして」
「そんなの私だって同じよ。五十歳を過ぎてから、三十分も読むと肩がこっちゃう」
「でも、最近は根気だけじゃなくて、もう目がかすんじゃって。特にバスの中じゃ本を読みたくても読めないのよ」
「どんな感じになるの?」
「例えば字をじっと見てるでしょ。すると漢字と漢字の間のひらがなが漢字の影みたいにみえちゃって。もうね。読んでられないの」
そう言って、母は寂しそうに視線を落とした。
「家の中なら読めるんでしょ」
「うん。読める。だけど、バスの中で本を読めなくなったらおしまいだなあって。なんだか落ち込んじゃって」
 容子には母の言っていることがなんとなくわかるのだった。容子自身も母と暮らすようになってから、掃除が好きな母の掃除が、以前よりも雑になり、見逃しているゴミを見つけたりするとたまらなく悲しくなり、ふいに涙を流してしまったりすることがあった。そしてそれは、おそらく自分自身にもそんな日がすぐにやってくるだろう、という怖さでもあるのかもしれない。また、母が理想とした孫娘のいる生活を実現してやれるタイムリミットをとっくに過ぎてしまった自分自身の老いを見せつけられているからなのかもしれない。
 容子はしばらく目を閉じて、目頭を押さえた。そして、もう一度本の開いて、ぼんやりと文字の列を追い始めた。ひらがなが漢字の影のように見えることはなかったけれど、少しだけ漢字がその強さを潜めってひらがなに近づいているようにも思えたし、逆にひらがながその強さを増して漢字に近づいているようにも思えた。
 母の言う通りかもしれない。目がかすむとか、集中力が続かないということではなく、仕事帰りのバスの中でぼんやりと本を読むこともできなくなったら、それは愛する人を亡くしたり、仕事ができなくなるということよりもさりげなく、そして、取り返しが付かないほどの喪失なのかもしれない。
 バスはまた大きく揺れた。次の角を曲がれば私がたった一人で住む、父と母が建てた家が見えてくる。(了)