ロシナンテ

植松眞人

 必死になって巨人を追い詰めたと思ったら、それが風車だった。その旅路はおそらくドン・キホーテにとってとても楽しいものであったに違いない。なにしろ、騎士として大きな成果を上げるという夢があっただろうし、なによりも腹心であるサンチョ・パンサとロバのロシナンテが一緒だ。
 そんなロシナンテが実際にいたとしたら、こんな風貌だったのではないか、と思える男がいた。私が二十歳のときに出会ったA君だ。のんびりとして人なつっこい風貌は、時に親しみやすく感じられ、また時には少々どんくさく思ってしまうこともあった。しかし、私はA君が好きだった。最初に会った時から、ああ、ロシナンテだ、と思ったのだが、もちろん、最初からそんなことを相手に伝えるほど私はデリカシーのない男ではない。おそらく、半年一年ほど経った頃だと思うのだが、私は恐る恐る、「A君って、ロシナンテみたいだよね」と言ってみた。すると、本人は、「どういうことですか」と聞くので、私はその親しみやすさなどをあげ、決して君はロバに似ているわけではない、と説明した。けれど、実際にはA君はやっぱりロバにも似ていて、これがあだ名として定着してしまうと困る、と言う気持ちにもなっていたのだった。

 しかし、実際のところ、ロシナンテの存在そのものを私たちの周囲が知らなかったのか、A君をロシナンテと呼ぶ人はいなかった。私自身もそんなふうに呼ぶ子とはなく、年に何回か、本人の前でロバの身体にA君の似顔絵をくっつけてみたり、他の人に紹介するときに「僕はロシナンテに似てると思うんだけど」と言う程度だった。
 それが三十年前の話。実は僕とA君はそれほど親しくもならず、でも、同じ監督の作品のスタッフとして参加したこともあり、表面的に親しげにA君のことを後輩として接していた。
 一緒に撮影の現場に入ったときなどに、ときどき話をすると、A君は僕が驚いてしまうほどの映画好きだった。とにかく本数を見ている。エンタテインメント作品からいわゆるアート作品まで、あらゆる作品を彼は見ていたのだった。そして、それぞれの映画に対して自分自身の見解を持っているのだが、その見解一つ一つの薄っぺらさが気になりあまり深い話はしなかったような記憶がある。僕はどちらかというと、A君を心のどこかで軽く見ていたような気がする。
 そんなA君と僕は五年ほど前に再会するまで二十年ほど顔を合わせることがなかった。僕が仕事の都合で東京にいたこともあり、また、もともと深い友だちでもなかったので、会う必要も会わなければと言う願望もないまま、月日は流れたのだった。久しぶりに会ったとき、A君は初めて会ったときと、何にも変わりがなかった。相変わらず人とのコミュニケーションが妙なテンションだし、相変わらず映画の表面的な話ばっかりだし、少し話すとすっかり退屈してしまうような男だった。ただ、人としては中年の域に達していて、その分、顔色はくすみ皺は深くなり、一言で言えば退屈そうで、もう一言付け加えれば幸せそうには見えなかった。
 それでも、僕たちはまた毎日のように顔を付き合わせるような環境で過ごすことになった。一緒に組んで何かをするわけではないのだけれど、同じ空間で同じ人たちを相手にレクチャーのようなことをしなければならず、彼はその空間では僕の先輩となった。
 それほど深い人間関係がなかったとは言え、古くから自分を知っている相手と時間を過ごすということは、私にとってはそれほど楽しいことではなかった。特に人に何かをレクチャーするということを長い時間生業にしている人が私は苦手だった。お金をもらって何かを教える、という仕事には二通りあって、教える個人が請われて始まる仕事と、教えるという環境の中で、決められたことを教えるという仕事がある。そして、全社ではない場合は、ほとんど教える個人を少しずつ歪めてしまうことになる、ということを知っているからだ。教えているうちに、人は尊大になり不遜になり、自分自身を見失ってしまう。人が生まれ成人するほどの時間を経て、再び顔を合わせたA君のことを僕はその典型的な例だと思って眺めていた。
 だからだろうか。僕もすっかり大人になっていたのにも関わらず、彼のことを「ロシナンテ」に似ていると思っていたことを思い出した。そして、様子を見ながら、必ず相手が僕のことを何かに例えて揶揄したときや、同じ現場に後からきたということを理由にしてものを言おうとしたときに、「いやいや、A先生はロシナンテだから、親しみやすくて学生さんにも人気なんですよ」などと言ってみたりしたのだ。
 A君はそのたびに「なんすか、それは」と言いながら笑い、すぐに続けて私に軽口を叩いた。ちなみに、再会してからの私はA君のことをA先生と呼ぶようにしていた。最初の出会いが後輩であっても、年齢がほぼ同じで、いまの環境ではA君のほうが先輩であるという微妙な状況では、A君などと呼ばないほうがいい、と私は考えたのだった。
 おそらく、そんな気遣いが必要な空気はお互いにあったのだろう。時には仕事の相談をしながら、時には愚痴を聞きながら、それなりにうまくやってきたと私は思っていた。今日の昼間では……。

「僕は傷ついてるんですよ」
 そうA君が怒気を含んだ声で僕に話しかけたのは、その日の仕事を終えた夕方の帰り際だった。何の話かわらからずに、私が聞き返すと、A君はさっきよりも大きな声で、
「僕は傷ついてるって言ってるんです」
 と声を荒げた。その場にいた職員や他の講座の先生たちが振り返るほどの声だった。その声だけで、A君が腹を立てていることはわかった。わかたけれど、内容はわからない。それよりも、私は自分の後輩であるA君が私に腹を立てているということに驚き、反射的に防御と反撃の気持ちを心の内に持ってしまったのだった。
「傷ついたって、なんの話?」
 あえて、後輩に話すような口調で私は聞いてみる。
「あなたは、ロバだのロシナンテだの。僕のことを人に言ってるじゃないですか」
 そんなことか、と私は思った。そんなことを悪口だと思って、この男は腹を立てているのか。しかも、もう何十年も前から言っていることを。
「そんなことか」
 と私は声にしてしまう。すると、A君はさらに声を荒げる。
「そんなことかってなんですか。僕はずっとあなたのそういう言動で傷ついてきたんです。似顔絵描いたり、生徒の前で言ったり」
「君だって、一緒に笑ってたじゃないか。それに、嫌なら嫌ってもう何十年も前に言えばいいじゃない」
「言えないでしょう。言えば言い合いになるし」
 こんな小学生みたいな会話をした覚えがない、と私は思ったのだが、そんなことはなかった。そう言えば、同じようにこの教える場所にやってきたとき、ほぼ同い年の講師から、「後から来たくせに」と言われたことがあった。ルールを破ったことに対して、怒り狂った同僚から吐かれた言葉だった。あの時にも、小学生か、と思った覚えがある。また、こんなことに巻き込まれるのか、と私は呆然としてしまう。いくら、いい歳をしたおじさん相手だとしても、相手が傷ついたと言う以上、謝るしかない。
「それは悪かった。あやまるよ」
 私がそう言うと、A君は、
「謝ってないじゃないですか」
 とこれまた子どものようなことを言う。
「すみませんでした。ごめんなさい」
 私はそう言って頭を下げた。A君はだっまっている。
「黙るのはおかしいよ。謝れと言ったんなら、これで終わりにするか、納得してないか、はっきり言葉にしたらどうだい」
 私が言うと、A君は今度ははっきりと気に入らない表情になる。
「そんなことを言われる覚えはありません」
「覚えがなくても、そういう流れになってるんだから、大人ならハッキリするしかないよ」
 そこまで話してから、私はだんだんと腹が立ってきた。
「それにさ、謝っているけど、やっぱりおかしいよ。大の大人が傷ついたの、傷つかないのって。なんだか、大上段にクソつまらない自分の気持ちを振りかざしているけど、お前だって、人の傷つくことを言ったりしてるわけでしょ」
 私が言うとA君はなんだか半笑いで言う。
「僕はあなたを傷つけたことなんてありません」
「ふざけるな。君はこっちの経済状況も知らずに、『社長なんだから領収証さえ切ったら、経費でなんでも落とせるじゃないですか、生徒たちにご飯でも何でもおごってやってください』みたいなことを言い続けてきたよね。お前は、うちの会社が金の工面をしながらギリギリでやってきたことなんて知りもしないくせに、よくそんなことが言えたな」
「その話と容姿の話は違います」
「ガキの喧嘩みたいに、僕の方が傷つきました、みたいなくだらないことをいうな」
 私がそういうと、A君は黙りこくった。そして、もういいですよ、と言う。本当にもういいと私も思う。
「百歩譲って、君が僕の会社のことなんて知らないというならそれでいい。でも、『あなたを傷つけたことなんてない』とは言わせない。もしかしたら、君がロシナンテと呼ばれる数十倍、数百倍、傷つけるようなことを僕じゃなくてもいろんな人に言ってるかもしれない。もちろん、僕だって同じだと思う。ロシナンテという言う言葉が、それほど君を傷つけていたとは思わなかったし、いままでのやり取りのなかで君の態度を見ていると、本当にそこまで傷ついていたとは今も思えないけれどね。でも、謝るよ。そして、君には謝ってもらわなくてもいいよ。謝っては見たけれど、君が傷ついてることも含めて、正直、どうでもいいと思うから。それに傷ついてもいい相手だしね、君は」
 私がそこまで言うと、ロシナンテは、悔しさの滲んだ顔で、何か言いたそうだった。けれど、私は知っている。ロシナンテは何も言わない。(了)