勇ましい魚。

植松眞人

うちの事務所の名前は『イサナ』。これはクジラの旧い呼び方で、漢字で書くと勇魚と書きます。ちょうど20年前にまだ28歳の時に怖いもの知らずで独立したのですが、どんな社名にすればいいのか本当に困っていました。ちょうど、CWニコルさんの書いた『勇魚』という小説が出版され、その内容が本当にスケールの大きなもので、僕は「イサナって社名もいいかもなあ」と思ったのです。怖いもの知らずなりに、一人で独立することに不安を感じていたのかも知れません。名前だけでもでっかくしようと、会社設立の書類の法人名のところに「有限会社イサナ」と記入しました。漢字で書くと、魚屋さんに間違えられそうな気がしたから、カタカナにしたんです。

あれから20年。なんだか、今になって「イサナ」って名前にして良かったなあ、と思ったりします。正直、付けたときも、今も、なんとなくしっくり来ないんです、自分の会社の社名が。でも、この「しっくりこない」感じがちゃんと定まってない雰囲気でいいんじゃないかと思い始めました。

たぶん、何やってもしっくりこない感じが、何やってもいいと言われているような気もして……。毎年、年末年始のこの時期になると、不安と希望が交互に僕を襲うのですが、今年はいつもに増して、20年前のあの日、なぜ「勇魚」というタイトルのCWニコルさんの小説に惹かれ、自分の設立した事務所の名前を「イサナ」にしたのかということについて考えました。そして、理由はわからないまま、でも、「イサナという名前にして良かったなあ」と思えるようになったのです。

20年も経ってまだまだ「勇ましさ」も「くじら」のスケールも持ち合わせていないのですが、「そうなれるかも」という気になってきたということなのかもしれません。