西暦と元号

冨岡三智

元号を廃止して西暦に一本化すべしという意見がある。私は公的書類の作成は西洋暦に統一すべきだが、文化として日常生活では元号を併用しても良いという考えだ。中国で始まり東アジアで採用されていた元号紀年法だが、いまや残っているのは日本だけ。ならば日本文化としてアピールしたら良い。そう思うようになったのはインドネシア留学後のことである。

留学していた時は毎年、現地製のカレンダーを買っていた。祝日だけでなくジャワ暦をチェックするためでもある。インドネシア政府は公式には西暦を採用しているが、ジャワ人は冠婚葬祭や王宮儀礼についてはジャワ暦に従うので、文化行事を抑えるのにカレンダーは必須なのだ。ジャワで売っているカレンダーには西暦、ジャワ暦、ヒジュラ暦(イスラムの暦)が併記されているものが多く、他にサカ暦(ヒンドゥーの暦)や中国暦も併記しているものもある。それぞれ自分たちの暦に従って生活している。それらの暦は1年の周期がそれぞれ違う。しかもインドネシアでは祝日のほとんどが宗教の大祭日で、各宗教の暦法によって大祭の日が決まるから、毎年祝日の日が変わる。したがって、インドネシア政府は毎年、翌年の祝日を発表することになる。

こういう面倒なことをやっているのを目の当たりにして、「多様性の中の統一」を実現する=複数の価値観を併存させるというのはこういうことなんだと納得する。なぜ、日本では西暦か元号かの二者択一論になってしまうのだろう。今や日本人も海外で生活したり教育を受けたりする期間を持つことも多く、逆に人生の一時期を日本で過ごす外国人も増えているのだから、公的書類では利便性を優先させた方が良いのに。けれど、だから年号を廃止すべきだとも思わないのだ。日本に宗教暦とも異なる独自の時間の流れがあっても良いではないか。

ところで、最近知って驚いたのが、サウジアラビアが2016年10月1日から国内の暦法をヒジュラ暦から西暦に変更していたこと。同年、多くの随行団を引き連れて来日した副皇太子(現・皇太子)が経済改革の一環として決定したことらしい。その背景には原油価格の下落による収入減があるという。太陽暦に移行することで予定のボーナスがカットでき、1年の日数が11日増える(ヒジュラ暦の1年は約354日)ことで相対的に給与が下げられるということになるそうだ。インドネシアと違ってイスラム教が国教の国だけに驚くが、政府の財政上の理由で西暦に切り替えたという点では日本の明治政府と似ている。やっぱり、暦の問題でも経済的理由が一番効くのだろうか…。