舞踊の小物について

冨岡三智

今月はジャワ舞踊(スラカルタ様式)で使う小物について書いてみたい。宮廷で発展した舞踊作品、およびその流れに沿って作られた作品は、男性舞踊であれ女性舞踊であれ、また抽象度の程度こそあれ、戦いを描いている。とくれば、小物の代表格は武器ということになる。

弓矢
これは男性荒型、男性優形、女性舞踊のあらゆる型で使われる。この順にしたがって弓のサイズは小さく細くなる。踊り手は5本の矢を入れたエンドンというものを背負い、手に弓を持って登場する。あるいは舞台上にあらかじめ弓が置かれている。マンクヌガラン宮では、弓が必要になるシーンになると控えの女性が出てきて踊り手に弓を手渡すが、こんなことは人手が多い王宮以外ではまずありえない演出だ。弓を持つキャラクターの代表といえば、男性優形ならばアルジュノ、女性ならばスリカンディーで、弓を持って出たからには、当然、曲の途中で矢を放つ。

この矢を放つのに、矢を前方に向けて放つやり方と、矢を放つふりをして踊り手の背後に落とすやり方がある。私の師、故・ジョコ女史は前者のスタイルで、それが当然だと思っていたところ、芸大で後者のやり方を習って大変驚いた。一般的には矢を前に飛ばす人の方が多い。しかし芸大で教鞭を取っていた故・ガリマン氏は、この後ろに飛ばすやり方だった。矢を前方に向けて放つと、当然相手の踊り手、あるいは観客の方に向かって矢が飛んでいく。それは危険でもあるし、また矢が実際に飛ぶという、あまりにもリアルな表現を避けたかったからかもしれないと思う。

ちなみにここインドネシアでは、芸術公演ではなく一般大衆向けのイベントで舞踊が上演される場合、矢がピューッとしっかり飛んでいくと、期せずして拍手喝采が起こる。こんなことは、少なくとも私は日本で経験したことがなかった。なんでこんなところで盛り上がるのだろうかと、留学当初はあ然としたものだ。

実は、弓の形にはもう1つ別のデザインがある。弓と1本の矢が始めから1つにセットされていて、踊り手はエンドンを背負わない。これは宮廷女性舞踊のスリンピやブドヨに特有のデザインである。この場合は踊り手が最初から手に持って登場する。弓の中央部に穴が開いていて、そこに矢を通す。矢は弓から抜けないようストッパーがついていて、さらに弦(ゴム糸)を引っ張って矢を放つと、カチャッと音がして矢が元の位置に戻る。これを使う演目は「スリンピ・ロボン」、「スリンピ・グロンドン・プリン」、「ブドヨ・スコハルジョ」である。元から矢がセットされた弓を持って踊っているから、いつ矢を放ったのかが分かりにくい。あくまでも優雅に、抽象的に矢を放つシーンが描かれる。

ダダップ
これは宮廷舞踊の男性優形と女性舞踊で使われる。60cmくらいの柄に、ダダップを手にする踊り手が扮する人物を皮に透かし彫りしたもの(ワヤン人形のようなもの)、あるいはグヌンガン(山を抽象化した形)のそれが嵌めてある。一見したところ、団扇のようにも見える。うまく言葉で説明できない代物だが、これ(柄の部分)は防御用の武器で、武器としての本物のダダップだと、柄に鉄が嵌められてあるらしい。踊り手はダダップを右手に持って登場し、しばらくそのまま踊っているが、戦いのシーンになるとダダップを左手に持ち替え、右手でクリス(剣、女性はチュンドリック)を抜く。2人の踊り手の一方が剣で突き、一方がダダップで防御するという型を繰り返し、最後は剣を収めて、またダダップを右手に持ち替えて退場する。

ダダップを使う舞踊には、男性優形では故・ガリマン氏が復曲した宮廷舞踊「パラグノ・パラグナディ」、「カルノ・タンディン」の他、同氏が単独舞踊として振り付けた「パムンカス」がある。これは相手がいないが、抽象的に戦いを描いている。宮廷女性舞踊でダダップを使う演目は、少なくともスラカルタ宮廷には残っていない。「ブドヨ・カボル」がダダップを使う演目だったという。故・ジョコ女史が、その演目を習いかけて間もなく先生が亡くなってしまったとかで、「この曲は戦いのシーンがとても素晴らしいと先生から聞いていたのだけれど、結局習いきれなくて・・・」と、とても残念がっていたことを思い出す。女性舞踊でダダップを使うものには、これもやはり故・ガリマン氏が振り付けた「モンゴロ・ルトノ」という、4人の女性によるスリンペン(スリンピ風の舞踊の意)の作品がある。

クリス
ジャワでは男性は正装すると必ずクリス(剣)を腰に差す。男性舞踊でも、たとえ抜くことがなくてもクリスは必ず差している。クリスは日本刀と同様、美の対象であり、精神性の象徴であり、超神秘的な力が宿っているとされるものもある。クリスの収集家はジャワで聖なる日とされている日にクリスの手入れをする。現在のクリスの刃は波型をしているが、舞踊でクリスを抜く場合は、かならず刃がまっすぐになっているものを使う。しかしそれを常設している店はほとんどないので、特別注文することになる。

このクリスにはコロン・クリスという、ジャスミンの花を房にした飾りを柄にひっかける。そうすると、戦いのシーンになって剣と剣とが打ち合わされるたびに、ジャスミンの花が細かく飛び散って非常に美しい。ただこの花房は、結婚式の花婿のクリスみたいに豪華に、房の数を多くしたり長くしたりしてはいけない。剣を振り回すたびにコロン・クリスは手元でくるくると回り、剣先にからみつき、串団子のようになってしまうからだ。房が長いほどからみつきやすくなる。

チュンドリック
これは女性が腰の前に挿している短剣で、クリスよりもずっと小さい。女性同士の戦いの踊りで使われる。これにも花房飾りをつける。

ピストル
スラカルタの宮廷舞踊のほとんどのスリンピとブドヨにはピストルを使うシーンがある。とは言え、実際にピストルを腰に挿して踊ることは少なく、現在ではサンプール(腰に巻いている布)の扱いで、ピストルを表現することが多い。ピストルのシーンは必ず曲の後半部にあり、ピストルを抜くシーン、弾を込めるシーン、発砲するシーン、そして元におさめるシーンがある。

私はピストルを使って練習したかったので、ジョコ女史にどういうピストルが良いのかと聞いたところ、とにかく音の出るものをと言われ、おもちゃ屋をずいぶん廻ったことがある。ピストルを使うことにこだわっているある舞踊家が持っているピストルは、その昔ヨーロッパ公演に行ったときに買い求めたというアンティークのものだ。持たせてもらうと、ずしりと重い。ただしこのピストルの弾はもちろんないし、音もしない。

確か1997年のマンクヌゴロ家当主の即位記念日に上演された「ブドヨ・スルヨスミラット」では、舞台上の踊り手は音の鳴らないチャチなおもちゃのピストルを手にしていたが、舞台下に伝統的な兵士の格好をして並んだ女性たちが、踊りのタイミングに合わせてピストルで空砲を打った。これはかなりの音量だったので仰天した。聞けば使用したのは本物のピストルで、彼女たちは現役の警官だという。本物は警官でないと撃てないからということで、警官の登場とあいなったそうだ。ピストルの音を重視するのなら、こういう手もあるのだ!とはいえこんな演出は王家だからこそできたことに違いない。果たして日本の警官は舞踊演出のためだけに空砲を撃ってくれるものだろうか?

ジャワの宮廷舞踊でピストルを使うのだと言うと、他の民族舞踊をやっている友人たちにひどくびっくりされる。私もピストルを使用した舞踊は他に見たことがない。ヨーロッパ寄りのジャワ王家の姿勢がもろに武器に見て取れる。それにしても、ピストルを舞踊に使おうと思った最初の人は誰だったのだろう。剣や弓を手にしての戦いには、精神論的な意味を付与する余地もあるというものだが、宮廷女性がピストルを手にしながら、表情も変えずに優雅に踊り続ける光景というのは、考えてみたらとても怖い気がする。

その他
これら以外に、男性荒型の兵士の舞踊(ウィレン)では槍、クリス以外のデザインの剣、盾、こん棒などの武器が使われる。1人で演舞のように踊られることもあるし、2人以上の偶数人数で、対戦のように踊られることもある。この手の、武術がベースになった舞踊はアジアの各地に見られ、宗教との結びつきも深いようだ。