静かな日

璃葉

あるところから、廃棄物処理にだされる前の、スチール製の業務用棚をもらった。
棚は組み立て式のものだ。4本の支柱をたてて、ボルトで締め、棚板をはめていく。かんたんな作業のはずなのだが、いざ、これを力のない素人ひとりで組み立てようとするのは、何度か挑戦してむりだと悟った。支柱の高さはおよそ2mで、まあまあ重い。本棚としてつかうには、充分な大きさだ。
棚を置くために家具を動かしたり、ついでに使わないものを分けたりなんかしていたら、すぐに、泥棒に荒らされたような自室ができあがった。動かして行き場のない家具、棚の部品、工具類、くずれた本の山、キャンバス、紙類、楽器、ホコリ、その他、、。やけに煩さを感じた。誰もいない、わたしひとりだけなのに、この雑然とした部屋になんだか責められている気がした。要するに、疲れたのだった。
外から鳥のさえずりがきこえる。散歩にでよう。すべてを放って。

身動きがとれなくなったつらさから、無意識に中谷宇吉郎の文庫本を一冊持って部屋から飛び出すと、外の清々しい空気が流れこんできた。川沿いの遊歩道を、いつもよりゆっくり歩くことにした。曇り空をながめながら、晴れていたらもっと気持ちいいのに、とおもう。桜の木の枝には、たくさんのつぼみが育っていて、その真下にあるベンチに腰をおろした。まわりには、めずらしく誰も歩いていない。
中谷宇吉郎は、雪の結晶の研究をしていた学者だ。本を読むと、さまざまな極寒の地に出かけていたことがわかる。アラスカのページを読みかえしてふと空を見上げると、いくつもの層がかさなった雲間から陽の光が漏れて、川向こうの木々を照らしていた。去年の9月に滞在したフェアバンクスの曇り空と、すこしだけ似ている気がした。もちろん空気はもっと乾燥していて、森の匂いが立ち込めていて、この場所より何百倍も雄大なのだが。
しばらくぼんやりしてから、またうろうろとアテもなく歩きまわって、あのうるさくも愛着のある部屋にもどることにした。雲はいつのまにか流れ、薄水色の空がひろがっていた。
静かな一日がおわる。