夏のきれはし

璃葉

気がついたら、夏になっていた。
陽射しは刺さるように強いし、蝉は全力で鳴いていて、夜になってもその勢いが消えることはない。

晴れの日がしばらく続いた後、突然に天気が崩れたときがあった。
その日は雨がざばっと降り、雷も鳴った。その次の日だったか。蝉の声はさらに増えた。一斉に羽化でもしたのだろうか。

茹だってしまいそうな昼の暑さは、夜になると少しだけマシになる。
家までの道をたらたらと歩くなか、通り抜けていく湿った風が生暖かくも気持ちいい。
きっと風自体は涼しいはずなのだろうが、日中、街中に存分に籠った熱気が一緒になって流れているのだろう。
風がなければその熱が漂うのみだから、苦しいのだろうな。

夏の夜の木々は湿ったような紺、黒、ふかみどり。
電灯の光が照らすその周辺の葉は蛍光緑に近い。
もし夏のイメージを聞かれたら、湿ったいろんな緑色の集まり、と答えるぐらい、わたしの中にはしっかりこの色彩が
染み付いている。
蛍光緑の葉の隙間から、ぽこりと少しいびつな月が見えた。ああ、昨夜は満月だったか。ちょっとだけ欠けている。

家に戻りブラインドを上げると、窓硝子の向こう、桜の木々の上に月はいた。
その光は眩しく、周りの薄雲も照らしている。

ラジオをかけて、ちょっと煙たいウイスキーのソーダ割りを飲んだ。
風があってもやはり蒸し暑いので、晩御飯を作る気にもならない。
友人にもらった惣菜パンをかじり、ハイボールで流し込んだ。
いつも静かな隣の部屋から、珍しく音楽が聴こえた。
ラジオ、壁の向こうからの籠ったドラムの音、極めつけに蝉。
賑やかな音や声と桜の緑、蒸し暑さがもわもわと立ち昇って、月をも包み込んでしまいそうだった。