175声を盗む

藤井貞和

はくちょうの成瀬有、いま翔ります。年の夜のそらに放つ 流離伝

まぼろしのうた 盗らむ。たれか ことばかず。のこしては去る。ゆめもまぼろし

闇の夜の恋しいページ。小説のゆめ うたのゆめ、すべてまぼろし

冷え冷えと今宵冷たき砂の国。アルベール・カミュ きみがたたかう

病棟の灯(ひ)の奥、もえるページからページへわたる。きみがたたかう

数値さがることなき ことしより明年へ 病棟に棲む魔ものらは

年占としての春駒に祈りを籠めて「あなたはこの世が好き」

新(にい)繭隠り 緑の苔によこたわって春駒がどこに! そらに! 翔る身体

身体の声は新繭に恋してる 恋してる! わたしの57577

(どこから?)白い繭。白馬になりなさい(いさなりなにばくは)

古代の空の〈うた〉を盗作するわたしです ひめやかに終るノート

灘の翔福鶴 恋し。あまやかに薰る病室 あなたに送る

天からの繭が降りてくる。露も玉つくりに懸命。おかしいね 笑える?

天のつゆじもに包まれる大きな結晶を育てています 笑って!

    *

つらいなら引け広辞苑電子版「鳥の鳴き声」ワライカワセミ

(入院の夜、書き散らしていた反故ノート。他作の混じる可能性があります〈許せ〉。譫妄のなかより。)