写真――(翠の虱35)

藤井貞和

友人を訪ねると、
迎え火のかどに立って、
われを手招きする。

閼伽棚(あかだな)の器をとって、
いっぱいの水をまくのだと、
友人の母ののたまわす。

(三好達治によれば、
夜るべに、
亡霊がきてそれを舐めるのだと。)

送り火となる町すじ、
家々をめぐって、
灯明を暗くする時間に。

友人が、
写真を見守(まも)りし、
60年のむかし。

(「かくばかりみにくき国となりたれば捧げし人のただに惜しまる」「国のため東亜のためとおとなしく別れし頃は若かりしかな」「さびしげに父の写真を見つめゐる吾子(あこ)に悔い起こる折檻ののち」『この果てに君ある如く―全国未亡人の短歌・手記―』1950より)