幸徳某……――翠の黒枠65

藤井貞和

いまの裁判は、
畜生道だと、
青木が言う。

近ごろ 一部で、
陪審制度論が、
起こってる。

高津暢は、
愛におぼれながら、
俺は畜生道だと。

つまらぬことを、
思い出したもんだと、
高津。

「逆徒」を弁護して、
何の益があったか。
いまの俺には、

誄詞〈るいし〉が似合いだ。

(『万朝報』は非戦論から主戦論へと、日本ロシア戦争のさなか、意見を変える。変えたあとは国家権力の犬となる。黒枠事件はちょうど幸徳裁判のとき。入営するパンの会のなかまの送別会に、黒枠をつけたのが高村光太郎。『万朝報』の記者がめっけて、「陛下の赤子〈せきし〉として入営する者に弔意とは非国民」と書くね。翌年2月のパンの会の案内状には、『万朝報』を指弾して、「遊楽」の権利を対置する。「芸術的たらしむるがまた吾人の主張の一分にこれ有り候(─そろ)」と。この案内状は12名の処刑直後に書かれたろう、と野田宇太郎は推測している。弁護士平出修の担当は崎久保誓一および高木顕明を弁護すること。ほか弁護人が17、8名、みな「国民」の囂々たる非難を受けながらであった。平出はその後、小説「未定稿」(明治44・5)を書き、「畜生道」(大正元・9)を書く。後者は主人公である弁護士高津暢が、裁判ののち廃人のようになり、年若い女性との愛におぼれて行く物語。)