ぶらり 夏

更紗

ここのところ、私の顔の半分は、仕事をさぼっている。それも、もともとさぼり気味だった左側が、更にさぼっている。食事も噛まない、喋るときもなるべく動かない、力まない。

それというのも、左のほっぺたの内側に口内炎ができてしまったから。しかも、その口内炎、水風船のような形で、ぷらぷらぶら下がっているときた。口内炎といえば、富士山形かクレーター形ばかりと思っていたが、そうでもないみたい。こんな形の口内炎は初めてなので、つい舌先でぷらんぷらんといじってしまう。迫力ない形の口内炎で、飼い主である私の気分もどうもへにょっと情けなくなる。

情けなくなると、以前情けない気分を味わったときの思い出が走馬灯のように浮かんでくる。それで浮かび上がってきたひとつが、数年前の夏のはじめ、周りの流れにのって就職活動をしようと試みた時のこと。

就活といえば、企業の説明会に行ってみたり、大学の卒業生らしき人を頼って会社の話を聞いてみたり。それから、履歴書を送り、筆記試験や面接を数回経て内定。こういう流れのものだと思っていた、ところがどっこい。当時おもしろそうじゃんと思っていた、ブライダルの某社に服飾関係の某社や某社、それぞれの説明会に行く為には、なんと別々の「就活サイト」に登録しなくてはならないという! めんどうだなぁと思いながらも、これも一つのステップかと登録をした。説明会のお知らせを受け取るため、住所ももちろん登録。志望業種なども登録するのだが、それがとても大きなくくりで(例えば、服飾は流通業か製造業、ブライダルはサービス業か接客業だった)、ちょっと首をひねった。

3日後。アパートの玄関を開けた私は、ギョッとした。なんと床一面の郵便物! それまで、月数通の郵便物と光熱費の請求書しか投函されたことのなかった部屋に、である。しかも拾い上げると、保険に金融、不動産、果ては様々なメーカーまで。自分の志望する企業でもなければ、自分の興味ある領域でもない。最初だからかと思いきや、何の返事もしていないのに郵便物は続く。ほぼ週1ペースでお便りしてくる企業もある。毎日、帰宅して最初にすることが、自分の名前と住所を切り刻んで捨てる作業になった。そうして、ついに自分宛の郵便物を土足で踏みつけて自室に帰った日……でぇええい! 気持ち悪い! と、すべての就活サイトを止めたのだった。

土足で自分宛の郵便物の山を踏みつけ、情けない気分になったあの日。それにくらべて、水風船型のぷらぷら揺れる口内炎の痛みに情けない気分になる、今日の私。

情けない、けれども、何かこっけいだし、あの日よりも気持ち悪くなく生きているんじゃあないかい? なんて、ついつい大口開けてビールを飲み……いてぇええ〜! 沁みるよう! と、頬をおさえて悶えるのだった。

そんな、情けない夏の始まりに捧げたい、稔典さんの一句。

   遠巻きに胃を病む人ら夏の河馬