書店の棚

大野晋

まず、ほんとうはまだ続いているコンサート狂いについて書こうと思っていた。
だいたい、コンサートなんてものは会社帰りに寄るのは、月に4回も行けばお腹いっぱいになるものだ。それが週に2回、3回なんて回数になるとけっこう堪えるようになる。そんな毎日の話を書くつもりだった。つい最近までそういう気でいたのだが、ある書店の棚の前で気が変わった。ということなので、今回は本好きの見た本屋の棚の話で勘弁願いたい。

私はどういうことか書店好きである。
物理的な「本」というものも好きなのだが場所として「本屋」が大好きなのだ。つい最近になって、本屋も来た人間に好かれようと思って、コーヒーを出したり(もちろん有料で)、椅子を置いたりしているようだが、そんなサービスは図書館に任せておけばいい。私はそうではないモノを得られるから本屋が好きでいる。

とは言え、最近はオンライン書店を利用することが多い。
あるコンビニで本が受け取れるサービスはあまりにも近所のコンビニの従業員の態度が悪かったので止めてしまったが、大手のオンライン書店は資料を探したり、面白そうだなと興味のある本を購入したり、ときには青空文庫の入力に使えそうな作家の本を探したりするのに重宝する。ただ、重宝するが、利便性があるが面白みはない。最近は一生懸命にひとさまの購入履歴を参照して本を薦めてきたりするが検討外れも甚だしい。大抵の場合は、すでに購入済だったり、必要ないとドロップした本ばかりである。そもそも、このシステムを作ったり、メンテナンスしたりしている担当者は実際に本など読むことはないのだろう。だから、面白みのない推薦本ばかりである。

図書館と違って本屋で面白いのは、棚がいつも動いているからだ。
図書館の棚も動く(別に可動式の書架であるという意味ではない。変化するという意味である)が、面白い書店の本棚はダイナミック且つ繊細に動いている。素人目には同じように見えるかもしれないが、本屋の棚はいつも一緒ではない。新刊書がやってきてはどこかに入り、既刊書が売れればそこに空きができる。これに書店の店員の機転が加わると、俄然面白くなる。売れていなかった本でも、推薦人がいると売れるようになったりするから面白い。その第一のファンであって欲しいのが書店の店員である。私はファンからの有形、無形の後押しのある本を一度は手に取るし、大抵の場合、購入しているような気がする。

いい本屋の棚とはこんなものだ。
まず、整然と整理されて並べられている。まあ、本屋によって並べ方には若干の違いがあるのだが、例えばある文庫が違うシリーズの文庫の間に挟まっていたり、シリーズがばらばらに配置されてたりするのは論外だ。棚は、棚の配置、棚の中の配置がしっかりと認識しやすい方が気持ちがいい。そういえば、ある書店で「北杜夫」が「は行」に並んでいるのを見たことがある。また、「丹羽文雄」が「た行」に並んでいたこともある。「星新一」ならば「さ行」である。ある意味すごいと思うし、失笑ものだが、とても店員のレベルはほめられたものではない。まあ、そういう店員もここ数年で急に増えたような気がする。

整然と並んだ上で、その棚から会話してくれるととてもうれしくなってしまう。
別に、棚がしゃべるわけではないが、例えば、売れ筋の本はヒラ積みになっているとか、シリーズものは何巻あるのかがわかるように棚に出ているとか、例えば最近の「カラマーゾフ」のように売れている本は何種類かある場合には全て揃えてあるとか、3社から別々に出ている時には揃えて並べておいてくれるとか、店員の手書きのポップで3種類の違いがまとまっているとか、もとになった記事がさりげなく掲示してあるとか、季節に応じて並ぶ本やこちらを向いている本の種類が変化するとか、テーマをかえながら書店から本を提案してくれるとか、例えば冬には落葉樹の図鑑と散歩の案内書と鳥の図鑑とバードウォッチングの指南書なんかが揃えて置かれているとうれしいわけで、そういうひとつひとつが見ている人間に話しかけてくるのだ。そうなっていると、予定外であっても「じゃ、これも買ってみようか」と手にとってしまったり、面白そうだからこのシリーズを集中的に読んでみようなどと思ったりもする。そうでない棚は幻滅だ。何を言っているのか、皆目わからない棚の書店で私は購入はおろか、本を手に取ろうという気にもならない。

最近、私をこの文章を書かせるきっかけになった書店は比較的棚も多い大規模書店だ。
1年位前に開店したのだが、それだけに面白い在庫があり、通うのを楽しみにしていた。だが、この間、久々によって驚いた。最近出版された、良く売れているだろう本のシリーズが棚にないのだ。「あれ?」と思い、そういえばとあちこちの棚も覗いてみたが、どこもかしこも全て一緒だった。棚自体は整然と並んでいるので私はこういうことではないか、と想像する。開店当初は本に詳しい店員(コンサルタントだったりするともうその書店には幻滅なのだが、ここはひとりくらいはそんな素晴らしい方がいると思おう)が書籍の仕入れや棚のレイアウトを行った。(これできれいな棚ができた)その後、詳しい店員氏は辞めたか、もとの職場(別の店舗)に戻ったか、とにかくその本屋にはいなくなった。で。後を継いだ店員はさほど本には興味がなく、書籍流通の言われるがままに棚のお守りをしているため、最初の状態から棚が育っていない、いや、退化してしまっているのだろう。とにかく、文庫が網羅されていてこそ、大きな売り場面積の書店の存在意義があるのだが新刊書すらまともに補充できていない状態に唖然とした。

本好きは棚と会話を常にしている。そして、多くを語ってくれる本棚がとても好きだ。
ついつい、薦める言葉が多い棚のある書店では多く本を買ってしまうことも多い。
全国の本屋の皆様。ぜひ、一度、本棚を介して会話を楽しみませんか?