しもた屋之噺(92)

杉山洋一

朝起きて窓を開けると、ミラノの空気がとても爽やかに感じられます。夏が近づき、街から人がずいぶん減ったからでしょう。今はまだ夜も明ける4時過ぎ。鳥のさえずりと共に、日本でいう秋虫の声が涼しさを誘います。半袖で寝ていると寒くて目が醒めてしまいます。

愚息の夏休みも兼ね、東京に戻っている家人に子供を任せ、一ヶ月ほど仕事に集中するため単身ミラノに戻っていますが、初め1週間根をつめて生徒を教えた以外、殆ど誰にも会わず机に向かうのみで、何か書くといっても、その間頭を過ぎったことを思い出すくらいしかできません。

どうしてもこうも自分は愚鈍で肝が小さいのか。呆れるのを通り越し、感心するくらい気が弱いわけですが、自らに対する不信感が相当根強いのでしょう。本当は4月末までに仕上げるはずの新曲を作曲したいのに、来月と再来月の本番の譜読みがこわくて仕方がない。それから先の譜読みはさておきと諦め、ともかく最低限の粗読みだけでも片付けてからと決めて、と昨日までで9曲くらい、立続けに譜面を読んでいますが、気が小さいからなのか、一曲につき予想の倍から4、5倍の時間がかかってしまいます。先日東京で、ライブラリアンのIさんと話していて、何とかさんなんて、最後の一週間くらいでささっと読めてしまうのよ、と聞いて本当に落ち込みましたけれども、基本的なソルフェージュ能力の違いですからどうしようもありません。本当はそうでなければ生活は成立しないのでしょうが。

自分が振るわけではないからと安請け合いしたグルッペンでさえも、譜面を開いてみると、勉強せずには目も耳も到底付いてゆけないことがわかり、泣く泣く、リズムの近似値表を作り直して、計算機片手にテンポ間の比率計算を始め、全ての音符を譜割し、各フレーズに音部記号を書き込み、ようやく頭のなかでオーケストラの音が鳴るようになってきました。144ページのスコアにたったこれだけのことをするのに、毎朝夜明け前から机に向かってどれだけ日数がかかったか、情けなくて書く気も起きません。

ただ、少しずつ音が鳴るようになってくると面白いもので、「おお懐かしい! 実験音楽なんて言葉を思い出したのは何十年ぶりか」などと独りごちつつ、当初ただ異様に複雑としか映らなかった楽譜が、古典的な意味で実に音楽的にできていて、意図を実現すべく作曲者がどれだけ細部に心を砕いているのかが分かり驚嘆しました。何より端的に、音楽が美しいことに心を打たれました。それが、現実としてどれだけ実現できるのか、聴こえさせられるのか。彼のとんでもなく強靭な意志が、演奏者をじっと見つめているのを感じます。

ですから、演奏家はマゾヒズムがなければ務まらぬ職業だろうか、などと今回は真剣に考え込んでしまいました。一つずつ無心で音を拾ってゆきながら、写経をするときはこんな心地かしら、などと失敬を頭が過ぎりましたが、自分が指揮するのでなくて良かったと何度溜飲を下げたことか。

今からもう10年近く前、ノーノのプロメテオをエミリオと一緒にヨーロッパツアーをしたときのこと。指揮者2人と四方にばらまかれたオーケストラ演奏に包まれ、2時間近くもの無限の音響体験を経て、最後に聴衆と演奏者が到達するエクスタシーがあったとすれば、グルッペンはそれを記号化、論理化して、20分というフレームに信じられないエネルギーをもって凝固させた感があります。こうして見れば、ノーノはどこまでも人間臭く、汗や涙が充満するオペラ文化そのものだけれど、シュトックハウゼンは、ストイックで宗教心にすら通じる透徹で高邁なきざはしを、めくるめく音たちが昇りつめてゆく気がします。それは我々の手には到底届かない、北方ゴシックの燦然たるファサドのようなもの。

続いて武満さんの「ノスタルジア」と「地平線のドーリア」を、引込まれるまま貪るように読み、いかに自分が武満さんを理解していなかったか、痛感させられました。この2作品にしてもそうですが、武満さんは時代を経て作風ががらりと変化したとばかり信じて疑いませんでした。調性がどちらも変へ調なのは偶然としても、全体の構造や和音、フレーズ、どれもが実に緊密な関係があるのは、こういう機会でもなければ知らなかったかと思うと恥ずかしいばかりです。

いつか書きましたが、ドビュッシーに等しく武満さんにとってタクトゥスは不変で、その不変のタクトゥスがルバートするのならば、一見まるで違う譜づらの「ノスタルジア」と「ドーリア」も身体を通う血は同じでなければならない筈です。何より音が美しく、ピアノで弾いていて、何度も鳥肌が立ちました。半終止のように響く「ドーリア」の19小節の印象的な和音が、36小節から38小節にかけ、聴き手も耳をもぎ取りイ調に解決する瞬間の表現力など、静謐だけれど、途轍もない迫力だと思います。

今頃気がつくのは悲しいが、でも知らないままでいる方がもっと悲しい。これで由としよう、毎日何度そう思いながらやり過ごしていることか、考えたくもありません。

それこそ武満さんを勉強していた頃かとおもいますが、気分転換にユーチューブを眺めていて、偶然目にしたフリッチャイの「モルダウ」に、食欲を無くすほど衝撃を受けました。名演や素晴しい演奏家は枚挙にいとまがありませんが、自分の皮膚感覚に途轍もなく近いことを、果てしなく遠い高みで実現しているのを見ると、いくら自分が凡庸だと分かっていても、最早それすら意味を成さないのではと訝かしみたくもなります。

まったくもって悲観主義者ではありませんが、もし生活がかかっている家族がいなかったら、実際まだ音楽を生業にしていたかどうか怪しいところです。これも流れですから逆らったとて仕方ないと諦めておりますが、正しいかどうかは甚だ疑問ではあります。あと数曲、9月までの譜読みが残っていますが、大方雰囲気が掴めたこの辺りで颯爽と気分を変え、シャワーでも浴びて作曲に勤しむことにいたしましょう。

(7月27日ミラノにて)