うごきの声

高橋悠治

目をとじてじっとして 外に注意を向けず からだのどこかのうごきを 閉じた目をそこに向けずにかんじている ウクライナ生まれでブラジルで小説をかいていたクラリセ・リスペクトールが 馬は印象がすでに表現である と書いたような 外から受け取り内側で変化させて外に向けてことばにする間をおかず 閉じた目の内側がそちらを見ないでも そこに馬がいて土と空のひろがる風景をかんじる

耳の上のほうでささやかな音がもれてくる 音にならない沈黙の音 聞くともなく聞いていると 途切れずさまざまに変化して いくつか折り重なって聞こえたりする 物音がしずまった夜更けに 耳が昼間聴いた音を呼び出してひとりたのしんでいる と書いたのは折口信夫だった 耳は静まることがなく 音が聞こえなければ 音の印象を創ってたのしんでいると言えるだろうか それは聞いた音の記憶かもしれないし それに似た神経のそよぎとも思える じっさいに聞こえるとも言えない 測ることもできないくらいの 聞こうとすると聞こえなくなるほどの 空間の裂け目のような 音を吸い込む暗い翳

カナの響きで音をあらわす 口三味線は楽器を弾くバチさばきも絃もわかる 伝えられた規則がなく 思う音や短いフレーズをカナの響きに置き換えて言ってみながら すこしずつ変えていく 自由にくりかえし すこし変えながらつづける 小杉武久の26種のウェイブ・コードは セミやカラスの声のように だれでも使うものから 通り過ぎる影 風にひるがえる 空中に漂う 波にゆらぐ うごきの声がある たえず変わり かたちがさだまらないから つづいていく ディジタルからはみだしているアナログの不安定