プロセスから構造へ その逆でなく

高橋悠治

詩に作曲するとき 斜め読みで目に止まったことばから 音のうごきを思いつく 詩のことばはまず響きで 意味やイメージがその響きの表面から透けて見えることもあるが 詩は響きのリズムですすむ 詩の一行が 縄文字の細縄のように 太縄から短冊のように下がっているとすると 波打つ細い縄には 太縄に結んだ最初の結び目から ことばの節ごとにいくつかの結び目が見える

ことばの細縄に 音の縄文字が向かい合って その細縄の結び目から別な細縄が枝分かれして 音の網を編んでいく 一つ一つの音があって そこから網ができるのではなく 結び目から伸びる細い線が 蜘蛛の糸のように翻り 次の結び目を作る 結び目から網ができていくとき 音は線の通り道で 踊るように 舞うように 跡を残して過ぎていくが 結び目はそこに引っかかって足が思わずおそくなるところ と言ってもいい 詩の線に寄り添う音の線は ことばから音への翻訳ではなく 誤読も含んだ別の展開 というより 付かず離れずで 絡まるもう一つの線 声のリズムと並行か ちがうリズムで進むか 背景の空気を染めるだけか

喉を通り抜ける空気が声になるとき 風が吹きすぎた後の空き地に 回り込んだ空気が集まってくるように 喉に残った予熱が次の声をさそいだす 声は空間がないと響かないが 空間のなかのどこに音があるのかわからなくても 聞こえてくる方向はある 遠い音・近い音があっても 音がここにあるとは言えないだろう 風とちがって 音がどこに向かうかもわからない 音は空間のなかにあるものではなく 音が空間だということなのか 音が空間なら そこには区切りも 境界線もない

池に石を投げ込むと波紋がひろがるように 音が楽器から周りにひろがるイメージはわかりやすいが 楽器は波打っていても 音はそこに停まってはいない  音が変っていくのが聞こえる 変化するから音になる 音符に書くと楕円形の小石のようだから 碁石のように並べたり 順序を変えたりして 文字絵のように記号を組み立てて 形にすることもできる その場で消えて行く音から耳の記憶が作りだす形は それと似ているようでちがう イメージが作られるその場で消えていくと同時に 別なイメージが起き上がってくる

縄文字や文字絵は 読みかたがわかれば 意味が定まる 詩のことばは意味だけでなく イメージでもあり 読むときはまずリズムのある響きの列になる 音の網は雲のようにひろがっている バロック音楽のようにレトリックや音の絵である場合も ことばにならない感じが伝わってくる 歌のような声が シラブルに区切られてことばになったとき そしてことばが文字になり あるいは目印としての記号がことばとして声に出されるときに失われるもの 楽譜が音の散りばめられた平面として読まれ メロディーが音符の列になったとき抜け落ちるもの それだから逆に 音楽や詩は書くだけでなく 演じるだけでなく その場でさまざまに聞かれ 感じられると 意図も構造もない人間の集まりのなかに投げ込まれた小石となり 予想できる未来からのひとときの自由がそこに垣間見られたような だが それが錯覚でないと だれが言えるだろう