揺れる目盛り

高橋悠治

音階理論の前に音階がある 理論ができると 音階はこわばり 自由なうごきの足枷になる

音階理論の前に音程理論があった octachord の前に tetrachord や pentachord 8度周期の枠より もっとちいさい4度枠や5度枠からはじめれば メロディーの線ははるかに自由になる ミャンマーには trichord の枠もある それらの組み合わせだけでなく それらの転換 ベトナムの音楽学者 Tran Van Khe が metabole と名づけたはたらき この変形として 小泉文夫のテトラコルド理論 その洗練と一般化である柴田南雄の「骸骨図」 それとは別に クセナキスのアリストクセノスと中世ビザンティン音程理論や記譜法から抽象化した「篩の理論」など 領域と固定音と浮動音の区別による音楽分析理論があるが 近代啓蒙主義科学から すくなくとも18-20世紀の人間中心の論理ではない展望をひらけるのか 

デリダの本でタルムードの体裁をしたものがあった 何というタイトルだったか 中心にテクストがあり 注釈が四方から取り囲む タルムードでは 中心のテクスト自体も 口伝律法の注釈で その口伝は 神のことばを 人間が聴きとったとされる律法の注釈とすれば だれでもないものの ことばでないことばを 耳から口へ 口から手へと移し(/映し/写し)ているうちに浮かび上がる さわり かんじ タマネギの皮を剥いていくように はがしとり けずりとり ちいさく 閉じていく と そのなかに 最後に残るのも やはり皮にすぎなかった それはことばにさえならない ひびきのない 音でもなく 動きでもない ふるえ ゆらぎ のような かすかななにか

中心もなく 周囲もないことば 意味を別な意味で消し 色に別な色を溶かし込み 響きを別な響きの余韻でぼかす 線は曲がり くねり 反り 面から離れてとぎれても その先に着地する 目盛りの針は止まらない 付かず離れず 良い加減の 連綿

壁ではなく膜 張らず ゆるく 寛く 薄く 透けて通(透)す 染み染まり にじみ 漏れる 薄明かり おぼろげおぼろに 仄めきも仄かに 影は翳り ……