空間の音楽

高橋悠治

見えないウィルスに脅かされて コンサートが中止になり 延期され ミュージシャンのしごとがなくなった今年も 録音や わずかに残った演奏のしごとや 作曲をしながら やりすごし 家にとじこもらないで できるだけ外を歩きまわり 残ったわずかな時間でできることだけをする

音の数を減らす まばらな音を 離れた場所に配置する ちがう音色(ねいろ)の楽器を近く 似た音色の楽器を遠くに置いて 音楽を時間の物語ではなく 瞬く空間のひろがりの 隙間だらけのあやうい繋がり 始まりも終わりもない組み換えのあそび 一つの意味にしぼりこめない あいまいさと複雑さの名残り

響きから響きに飛び移る 一つの線を辿るのではなく いくつもの表面の貼りまぜ 別々に書いた楽譜を 順序を乱して 継ぎ合わせるとどうなるか これは今年ピアノ曲『メッシーナの目箒』で試してみた デカメロンの物語を追って書いた楽譜を 音域で三つに分けて 順不同に繋ぎ変える

物語がなくても いったん書いた音楽をばらばらにして 繋がりが感じられないように断片を並べ替えるとどうなるか 流れがなくなっても残るのは 何だろう