ピアノ練習の日々

高橋悠治

短いピアノ曲 小泉英政「暮らしの中に平和のたねを蓄える」の集まりのために「カラワン」と「ガラサー」

「カラワン」はタイでカラワン・バンドができたときから歌っていたのを聞いて モンコンの吹くシーク(サンポーニャ)の前奏や スーラチャイと二人で4度並行の「カーラワン カーラワン」という呼び声に惹かれた ピアノでそれを弾こうとして何回もためしたが 失敗だった モンコンにシークを教えた西澤幸彦ももういないし モンコンも昨年9月に死んでしまった こんどは切れ切れの歌の記憶が空白のあいだに散らばるままに書きとめてみた 貧民のキャラバンはいまもつづく アメリカのかかわる戦争がある限り 世界のどこかで難民が故郷を離れ その群れはまたアメリカが作る国境の壁で遮られる 

「ガラサー」は 波多野睦美に頼まれた女声合唱「サモスココス」のために集めた カラスにまつわる沖縄のこどもうた4つをまたとりだして 羽ばたきや後ろから狙っている日本人の鉄砲のイメージ アメリカ世(ゆー)からやまとぅ世 でもその上にかぶさっているアメリカの影

それから 会ったこともない人に 見たこともないその女友達の誕生日のための曲をメールで頼まれて 短いピアノ曲「Alamkara(瓔珞)」を書いた 

次は 「風ぐるま」のコンサートに「ふりむん経文集」を出そうと思っている むかし読んだことのある 干刈あがたになる前の浅井和枝のうた

でもその前に ピアノの練習 忘れかけていた技術をよびもどし 細かい臨時記号がよく見えなかったりする楽譜を 手順をすこしずつ覚えながら ゆっくりおさらいしてみる クセナキスの曲でやっていたような跳躍 ピアノの白いキーの谷間とその奥にある黒いキーの崖を越えて 手がとどかない距離を指が飛び越える  指は斜めの角度でねらい 掌がムササビのように一瞬ひるがえって着地する 音符の静まった図形が 指の交錯するわだちで波立ってくる 楽譜を 拍を数えたり測ったりして点の位置の集まりに分解してしまわず 曲線の絡まり ねじれる螺旋の 波また波の 脈打つ 息づく ゆるやかに揺れ動く時間にまかせる むかしシモノヴィッチがクセナキスを指揮していたとき 飛び散り爆発する響きと 何が起ころうとゆったりした2/2拍子のペースをくずさない それがクセナキスの楽譜であり シモノヴィッチの指揮で 「エオンタ」を何度も演奏した 初演のとき 冷静なはずのブーレーズがピアノの揺れに引きずられて どんどん速くなっていったのとは対照的だった

規則的なアクセントは奴隷のリズム そう書かれているものは 崩し揺らして不規則にする すると行間の不服従がにじみ出す 規則のなかに垣間見る例外 書かれることばに書けない響きをのせる