描き文字と貼り交ぜ

高橋悠治

貼り交ぜ屏風は さまざまな書や画を屏風に貼ったコラージュ 雑多な思いつきを一つの面に貼り合わせるのは 屏風以前に 扇子に使われていた 式次第をまちがえないように 扇子に書きつけて畳んでおく こんな扇の使いかたがあったのか と思うが 薄い木の板の片端に穴をあけて紐を通して縛る檜扇は もともとは控帳で そっとひらいて書きつけたメモを見るもの 扇ぐためではなかったらしい 12世紀に春日行幸次第を書きつけた檜扇がある 細い骨に紙を貼った扇子には 歌を書きつけたり 花を載せて贈るためのものでもあったようだ あおいで風を起こして涼むような下品なおこないは 自分の手でするのではなく 召使にさせるものだったのは どこの貴族社会でもおなじだったのか うちわだけでなく 傘もさしかけてもらうために 長い柄がついていた

風を送る扇ではなく 風を避ける屏風の内側に 字や絵を書いたり 貼ったりするのは かなり後のことらしい 貼り交ぜ屏風のなかにも 扇絵を散らした扇貼り交ぜ屏風は 俵屋宗達以後と言われる

この伝統から 平野甲賀の文字を見ると これは手書きの流れるスタイルではなく 一文字ずつがちがう描かれた文字 日本語の漢字・ひらがな・カタカナ それに準じる アルファベットが混ざって それだけでなく一画ずつが ちがう太さ ちがう長さ ちがう向きで 投げ出されている コウガグロテスクとしてフォント化されてもいるが 同じ字でも毎回ちがう現れをもつのが 描き文字のおもしろさだと思う そうなったら だれでも使えるフォントよりは タイトルや人の名前が その都度ちがう感触をもつほうが 思いがけないおどろきがある

一画ずつが 文字の意味やニュアンスをよそに かってに動き出すのを 文字枠がやっとのことで止めている 解体寸前の瞬間の痕跡 不器用さを装う反逆

平野甲賀の本をちらちら見ながら 考えて いや 予感している

普段着の楽器 毎日の音で ちがう思いのかけらをひとひらずつ 仮止めした響き 安定しないリズム はずれかける音程

線に線をあしらって 対位法でも ヘテロフォニーでもない ざわめきを孕んだ時間を どうしたら 作れるのかと思っていた

一画ずつの関係が 隙間だらけの枠のなかに吊られて 危なげに震えている 塊が 飛び飛びに 浮いている 時間