製本、かい摘みましては(123)

四釜裕子

辞書がこわれて、それで手紙が出せないという。「さっぱし字ィ、思い出さんねぐなてヨー」(ちっとも字が、思い出せなくなってしまったの……)。腰を痛めてさすがに気弱になったみたい。体調は別としてこれくらいがかわいげがあってよろしく思え、「すぐ送ってよ、直してあげるから」といってしまった。母から届いたのは、大きな文字で早引きなんとかという、厚みがおよそ4センチで並製紙表紙のもの。背が完全に3つに割れて、さらにそれぞれ1、2枚ページが剥がれている。むやみにセロハンテープで貼付けてあり、さすがにこれではみっともないと思ったのだろう。新しいのを買えばいいのに。買って送ってしまおうか。でも、違うのですよね。

セロハンテープをはがし、破れたところを和紙で補う。ページの角の折れたところはちょっと濡らしてアイロンで伸ばす。背には1ミリ厚くらいのボンドがほぼ残っている、削ぎ落とさずにこのままにしてみよう。表紙の折れや破れは直すが、これを見返しにしてしまおう。背を整え寒冷紗を貼り合体する。表紙はもちろん柔らかいほうがいい。穴とか傷とか色ムラとかで安く買っていた豚革の残りがあるから、ケント紙を芯に巻いて表紙にしてそのままかぶせてコの字に美篶堂の製本ボンドで貼ってしまおう。すぐまたどこか剥がれてきてしまうのだろうか。わからないので、むしろそれを教えてもらいたい。「壊れたらまた直すから、今まで通り使ってください」と、送り返した。

ほんとうは、どんな風に修理するのだろう。『修理、魅せます。#013 本]という動画がある。水道橋に製本工房を持つ岡野暢夫さんが辞書を修理する様子を映したもので、もともとはWiiが「Wiiの間」として配信したものの一部のようだ(ナレーション・石坂浩二)。男性が、中学時代から使い込んだ英和和英辞書の修理を持ち込む。全体ぼろぼろ、マジックかなにかで塗ったのだろう、天地小口は薄紫色。地にはイニシャル。「これは残しますか?」と岡野さん。「ぜひ消して下さい。当時つきあっていた人のものですね〜」。背の接着剤をきれいにはがし、ページの角の折れをすべてなおし、破れを和紙で補い、天地小口をぎりぎりで断裁し、スピンを替え、背の丸みを整え、古い表紙のタイトル部分をいかして表紙を張り替え、完成。受け取りには、男性がこの辞書をプレゼントしたいという娘さんもいっしょだった。

プロの修理は背の処理が圧倒的に丁寧だ。もちろんこれが肝心要。仕上がったときにはわからないが使い込むほどにあらわになる。母は予想通りのメールを返してきた。「もったいなくて使えない」。そういうことじゃなくって、お願いだから実験に協力するつもりで使って欲しいんですけれど……。