製本かい摘みましては (144)

四釜裕子

昼休み。仕事場近くの本屋の帰りは上のフロアの永坂更科へ。数年前に隣りの席にロックンローラーが来て、メニューも見ずに御前そばと卵焼きを頼んだ。席に着くと杖をついてじぃと前を見ている。こちらはもうそば湯ものみほしていたので、間もなく席を立った。あま汁、から汁、どちら派なのかな。以来、ここで御前そばを頼むたびに思い出してほくそえむという、楽しいランチタイムです。

ある本の発売日の昼にまたこの本屋に行った。見当をつけた棚に並んでいないので店内で在庫検索すると、在庫数が表示されてすでに数冊予約済み、場所はやっぱりあの棚だ。瞬時に売れちゃったのか。だいぶ前から発売日のお知らせがたっぷり出ていたからありうるかもしれない。お店のひとに調べてもらうと、「届いてはいます。あと一時間くらいで出せると思います」とのこと。では上で真っ白な御前そばの楽しいランチタイムとしよう。わさび多めのあま汁で三分の一、から汁で三分の二。

一時間くらいで棚に戻ったがまだ本は出ていなかった。実は、そもそも発売日を勘違いして前の夜もここに来ていて、店内在庫検索機に「発売日前です」と言われていたので笑ってしまった。予約しておけばこんなことは起こらないわけだけど、何事につけ予約してその時を迎えるのは居心地が悪くてなるべく避けたい。そのために起きた不都合もそれほど無駄に感じない。縁がなかった。仕方がない。数日後、たまたま寄った別の本屋で見つけて買った。

商品としての本は出た時が肝心と聞く。好きな本であればあるほど、今回のように早々に買ってその動きにのりたいと思う。でもこの本について言えば、すぐに読みたくて発売日を待ったわけではなくて、すでに積ん読グループに仲間入りしている。ふと、なにかこう、「はないちもんめ」的な、ぜんぜん違うけど、すまないという気になる。本にとって本屋は舞台、最初に並べられた時がいちばん緊張しているはずだ。バーコードをこすられ読み手に売り渡された時はどんなにドキドキしたことか。持ち帰られて初めてそこで四角張っていた体をゆだね、めくってほぐされ呼吸できると、どれだけ期待に胸膨らませたことか。なのに今度は積み重ねの刑……。あなたの背中はいつも見ている。すまない、少し待っていてくれ。