製本、かい摘まみましては(30)

四釜裕子

4年前に刊行した大きな写真集の函をこのたび作ったからとりにこないか、という展が、Nichido Contemporary Art であった。佐内正史さんが2003年に刊行した『Chair Album』という写真集で、300mm×250mmの大判に四方余白をたっぷりとって写真を配したページが240ある。白と黒のウール糸を織った布で角背上製本に仕立てられて重厚感はなお増すのだが、タイトルも帯も「はじめに」も「あとがき」も、奥付すらページに刷られることなく、かつてどこの家にもあったモノクロの写真を四つ角で貼る「アルバム」を彷彿とさせる写真集だ。どんな函だろう。重たい写真集をさげてでかける。

会場には函がうずたかく積まれ、ブラウン管テレビのモニターには写真集を函におさめる様子を撮ったビデオが映されている。大きく開いた窓、そこから見える庭や通り、風。ふたりの女性が床にすわって作業をしている。函はごく普通のダンボールを折り畳んで形づくられたもので、写真集がよりぴったりおさまるように工夫がなされている。ぱたん、としめたふたの四方からぷふっと空気が抜ける。段ボールならではのやわらかな応答。女性たちの所作は次第に流れるように見えてきて、さながら「Chairの函」のためのお点前ビデオのようである。かつてある製本工場でたまたまこの『Chair Album』の最後の検査行程を目にしたときのことがよみがえる。白い大きなテーブルのうえで、多くのひとが一枚ずつページをめくっていたあの手つきだ。いわばそれに吸い寄せられてこのタイトルを知り、刊行を待ち望んだのであった。

いわゆる「本の函」とこれは違うが、「いわゆる本の函」はめっきりなくなった。保護のための必要性もほとんどないから、普段読む本に函はやっぱり邪魔ではある。函づくりをしてきた職人さんたちの技術は今、アーティストが造る本や企業が顧客に送る記念品、菓子箱や商品パッケージまで、広く活かされている。紙の素材適正や貼るためのニカワの選択、製図や抜き型の作り方から反りを防ぐための空調設備、さらには印刷への助言まで、専門性は高く深い。テキスタルデザイナーの有田昌史さんが2005年に作った絵本『IGLOO』は、継ぎのない紙に片面4色刷りして空押しし、蛇腹に折って厚表紙をつけ、それを函に入れてある。表紙と函は自らデザインした布を用いて複数種類あり、函にぴんと張られた鮮やかな布地は、棚に飾ると額装されたひとつの作品となる。製本したのは美篶堂。ぱたん、とふたをしめれば、これまた四方から細くすぅと空気が抜けた。

小さな函やさんで社長が奥から取り出してきた「試作品」のことが忘れられない。本のためのごく普通の貼函だ。やっぱり本の貼函が作りたいという。紙も接着剤もインキも日々変わっているから、いつ注文がきても応じられるように作るのだと言った。