製本、かい摘まみましては(32)

四釜裕子

いつも机の目の前に、羽原肅郎さんの『本へ!』を置いている。6月に朗文堂から「造形者と朗文堂がタイポグラフィに真摯に取り組み、相互協力による」”Robundo Integrate Book Series”の第1弾として刊行された詩文集で、「本」への限りない愛に満ちた本である。ほぼA5判、蛇腹に折りたたまれた本文が黒のスリップケースにおさめられた端整な装丁は著者自身によるもので、天地半分幅の白い帯に押された4カ所のゴム印も、おそらく著者の手によるものと思われた。

この詩文集は、羽原さんが2005年8月に明星大学の教授を退官なさるときに同大学から発行されたものが元になっているが、装丁は全く異なる。こちらはA4判と大型で、しっとりとした光沢を感じさせる白い紙に、文字はゆったり組まれ、銀で刷られている。表紙カバーは4色刷りで、C(シアン)M(マゼンタ)Y(イエロー)K(ブラック)という印刷の原則を、タイトルや名前をサンプル媒体として提示している。退官記念に開かれた「羽原肅郎のデザイン思考と構成展」の図録のデザインとのバランスも、大切な要素であったのだろう。

2007年版は日英の2カ国語となり、蛇腹に折った本文用紙の表裏にそれぞれおさめられた。紙を蛇腹に折りあげて、望みどおりの直方体に仕上げるのは難しい。本番はプロにお願いするとはいえ、羽原さんはご自分でも試作を繰り返されたようだ。2005年版と比べてみると詩文の文言はほとんど変わっていないが、およそ半分となった判型にあって、フォーマットは14級30字詰(105mm)×行間全角空22行(150.5mm)から10級52字詰(130mm)×行間全角空23行(112.5mm)となり、作品中に導入された罫線の伸びやかさがより強調されているように感じる。用紙は光沢のない白、文字は墨となった。

中に、「製本」に触れているところがある。本の内容や構成によって最も適切な素材・手触り・質の紙と色が選ばれるのであって、あらゆるものに素材としての可能性があるということ、電話帳などは別として本は「かがり綴じ」でなければならないこと、綴じにはその国の本の文化度が反映していること――こんな風に勝手に要約してしまえばおよそ単調だが、この本の中では「詩」となって、本そのものへ、また本を作るひと愛するひと全てに対する讃歌の一節として、読み手にこれでもかこれでもかと降りかかる。

本文用紙はケースに入れる前に、3つ折りの白いカバーにくるまれる。裏面には写真があるのだけれど、「ほんとうはこの写真が使いたかったのです」と羽原さんは、アンドレ・ケルテスの “On Reading” の1枚をお示しになった。でも私にはそれよりも、羽原さんが撮ったあの窓辺の1枚こそが不可欠であると思える。いくたびの試作が繰り返された場所の肖像だからだ。のちに、バーコードのない帯をまとった『本へ!』を送っていただいた。既に求めていたものとはゴム印の種類が違う。「家が, 住むための機械なら, /本は, 清らかな愛を育む機械だ.」という言葉も新たにある。そして本文の中にもゴム印が! 

ページをめくるたびにこれほど「本」への驚きと悦びに溢れる本が他にあろうか。本に、愛は宿る!なんてことを恥ずかしげもなく、また思わず口にしてしまうのだ。