製本、かい摘みましては(38)

四釜裕子

「ゲット」という言葉は、はじめて姪から聞いたときから大人も口にするようになってさらにもう死語になったと感じる今も、恥ずかしくて口にできない。「ハマル」も、同じ。でもそうとしか言いようのない状態は何度かあった。最初は中学生のころ。テレビゲームのテニスだ。対戦相手はほとんど父(なにしろ父が買ってきた)、受験を控えた姉に悪いなあと思いつつでもおとうさんとやってんだもんねーとノビノビ。信じられない!って言ってたね、おねえちゃん。もっともです。もうひとつは十数年前、Macを買ったときについてきた雀牌を2つづつとっていくゲーム。初めての自宅パソコンがうれしくて帰宅後毎日即起動、でもやることがそれほどなかったんだろう、まずゲーム、とりあえずゲーム。ある日思い切ってソフトを捨てた。翌日、なんのことはなかった。

そして最近。気づくとユーチューブで、紙で折るだけの小さい本の映像を探している。「origami+book」でヒットするものとその周辺。見ながら折ってもたいていうまくいかない。撮り方が下手だなーとか言って、それでまた別のを探す。こんなことをするようになったきっかけは昨年白金の「TS_g」で都筑晶絵さんの「折り」の技をみたことにある。製本のワークショプで見せてもらった本のなかで最も惹かれたのが、蛇腹状に折った長い紙を背に組み込んだものだった。作り方は習わなかったので家でやってみたらできた。構造がわかってなにかツボを得た気になり、そういえばとかつて集めたおりがみで折る小さな本の折り図を探したのだった。思い出したものもあるができないものもある。それでユーチューブを探したら、アルワアルワというわけだ。たくさんあるが、実は折り方にそれほど種類がないこともわかった。「ORIGAMI BOOK/折紙豆本」と呼ぶらしい。

折紙というと正方形の「おりがみ」が頭に浮かぶが、実際使うのはおりがみに限らない。あの大きさではとうてい折れないものや、縦横1:2の紙を折る場合もある。つまり、のりやはさみを使わずに紙を折るだけで本のかたちを作っていくということだ。紙の表裏の色柄の違いが、仕上がったときに表紙と見返し、それから本文にあたる部分に使い分けられるのが見事で、だから包装紙など片面印刷された薄い紙もむいている。豆本は昨今ブームのようで、各地で製本ワークショップを行う田中栞さんのブログは格段に参考になる。田中さんオリジナルの丸背の折紙豆本とは、さすが。紙を折って本作りを楽しむひとは日本にもたくさんいるのに、ユーチューブで探す限りは日本のひとに行き当たらないのも面白い。

豆本というものが好きではないのに、いったい私は何に〈はまって〉いるのだろう。おそらく、いろんな人が勝手に音楽を流してなにごとかしゃべりながら自分の部屋でちまちま折っては見せびらかしている大雑把な感じ――きれいに仕上げてほめ合うとか贅と技を尽くしてサクヒンにするとかいう以前の笑い飛ばせるおおらかさ――それが楽しいことと、一つのキーワードでユーチューブを走査することに〈はまって〉いるのだろう。折りあがるまで撮って5〜10分程度にまとめられるというのもユーチューブ向きということか。モニターの横におりがみ置いて、あとしばらく遊べそう。