かれは 何についてでも語ることができる
意味のあることを
わたしは そんなことはしたくない と
ウンベルト・エーコについて ジル・ドゥルーズが言ったとかインド洋にいるアメリカの航空母艦の甲板から次々に飛び立ち
闇のなか 機械に導かれたコースをたどり
機械が指した場所で爆弾を落とし
飛び還っては次の爆弾を装填し
こんなことが あたりまえのように淡々とすすむ
この世界で
夜の下界にどんなひとたちが息づいているのかを 感じることもなく
ふと立ち止まることもなく
何百万ドルかの武器を黙々と消尽する この空爆
世界貿易センターの破壊は ヒロシマよりひどい と
ふつうのアメリカ人は思っているらしい
アメリカのこどもたちの平和がいつまでもつづくように と
アフガニスタンのひとびとの泥の家をもとの泥にもどす爆撃が
毎日毎晩つづく
こんな世界にも
意味があるかのように語り
原因 条件 動機を分析し
やるべきことと やってはならないことを分別し
非難し 糾弾し 警告し
論じ 論じ 論じ 論じて
それでどうなる自由とは必然の洞察だ と言ったのはヘーゲルだったか
世界を理解することではなく
世界を変革することだ と言ったのはマルクスだったか
それから世界はたしかに変わった
過去は変えられないとすれば それはたしかに必然だった
では 洞察はただしかったのか
理解はただしかったのか
ただしいとは いったい何だろう
そして どこに自由があるのだろう
アメリカはただしかった
だからアメリカは 世界を思うままにうごかすことができた
歴史は終わった とフランシス・フクヤマは言った
必然の洞察は 欲望の自由なのか一方にただしさがあれば もう一方にまちがいがある
善があれば 悪がある
まちがいを まちがいのままにしておけない と
ことばの力で まちがいを ただし
悪がはびこるのは許せないと
暴力で 善を勝たせる
だが 論理があれば反論がある
勝利した善は 新たな悪と対面する
あるいは 勝ち誇った善が悪に変わるインターネットに飛び交うことばとことば
サイード ソンタグ チョムスキー あるいは
報復攻撃にただひとり反対したアメリカ下院議員バーバラ・リー
イマニュエル・ウォラーステインのコメンタリー
スラヴォイ・ジジェクの分析と だれかの反論 そして論争
ヴィリリオやデリダのインタビュー
よめばよむほど そうだ そのとおりだ 鋭い指摘だ
と言いたくなるが それは感情が言わせているだけではないか
それらのことばがほんとうに言っているのは ただ
わたしはここにいる ということ
わたしは ここにいる 流れに逆らって ただひとり
それらのことばが照らし出すのは それを言うものの顔
その名前 知識人というその肩書
論理がただしく 指摘が鋭いということは
だれのためになるのか
ことばは だれをうごかすのか考えてごらん マールンキャープッタよ 毒を塗り重ねた矢で傷ついた男がいて
ともだちや仲間 身内や親戚が医者を連れて来る
ところがこの男は言うのだ
この矢を医者に抜かせる前に
傷つけたものが貴族か神官か商人か職人か知りたい
そいつの名前と素性を
背が高いか低いか中くらいか
皮膚は黒いか白いか
どこの村 どの町 どの都のものか
その弓は長いか短いか
弦は繊維か葦か筋か麻か樹皮か
軸は野生か畑のものか
羽根は禿げ鷲か烏か鷹か孔雀か鸛か
紐は牛の筋か水牛か獅子か猿か
矢は馬蹄形か曲がっているかギザギザか歯形か毒矢か
などと言っているうちに 男は死んでしまうだろう
(中部経典 マールンキャープッタ小経)世界はことばでうごかせるか
うごかせるとしたら
それは 世界を暴力でうごかすのと どこがちがうだろう
いま起こりつつあることがらも もう過ぎてしまったかのように
ことばは うごいて止まないものを 一瞬つなぎとめる
そして ことばはことばを呼ぶ
ことばはことばを凝視する
そのあいだも
爆弾はことばを持たないものたちの上に 花びらのように降る現実は だれのものでもない
思うままにうごかせないから 世界はある
世界に意味があったら こんなにも多くの苦しみがあるだろうか
情報によって 知識によって はっきり見透せるものなら
世界は こんなふうになっていただろうか
こんな世界を ありのままに見ることは
もうひとつの苦しみだからといっても
なにかをしなければならないと思い
なにかできることがあるはずだと信じて
安全なところでうろうろしている
このありさまを見たら
空爆の下で毎日を生きているひとびとは どう感じるだろうかみさま
あなたのひこうきが まいにち やってきます
きのうも ぼくたちのテントに
ばくだんを おとしていきました
ぼくははしって いわかげに かくれました
わらって わらって わらいました
(パレスチナの子どもの神さまへのてがみ)
(批評空間第III期第2号)
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