老いる前に老いを知ることはない。それでも弱さから見る世界にじぶんの身体をかさねてみることができなければ正義の押しつけと先制攻撃に身を寄せる以外に道はないように思われてくる。
重みをもって抵抗するもの隙間なく凝集するもの燃えるものうごくものからだんだんに軽いものパラパラのもの冷えたものゆるやかなものへと身体は衰える。
心はまだ細部にこだわらない遠景をかいまみるかもしれない。これを老年の智慧と呼ぶならばそれはまだことばが機能するあいだの一時的な処方箋。崩壊におくれをとった心がバランスをとりもどそうともうろくを始動させるのはしあわせな老い。
哲学者は書き抜き帖を作り気にかかる他人のことば自分のことばをすくいあげる。その網ももうろくで穴が大きくなり獲物をひっかける批判精神の棘もまばらになれば残るものは沈黙。風景はそこにある。それを観るひとの影は薄れていく。(鶴見俊輔「もうろくの春」を読んで)
(本とコンピュータ)
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