アジアのごはん(89)酒粕三昧

森下ヒバリ

酒粕には小さいころからお世話になってきた。生家は祖父母がお酒と文房具を贖っていたので、酒粕は冬になると取引先の造り酒屋から好きなだけもらえたからだ。祖母は居間の火鉢の横が定位置で、冬になるとその火鉢に網をかけておやつに板状になった酒粕をちぎって焼く。焦げ目がつくくらいに焼くと、アルコールがいい塩梅に抜けて、香ばしい匂いが漂う。祖母が酒粕を焼き始めるとそばについて、じっと待っていたものだ。もっともアルコールは抜けきってはおらず、あまり大量には食べられない。塩も味噌も砂糖も何もつけない、そのまま焼いただけのものだが、どういうわけか好きだった。

そして、もう一つの定番は酒粕から作る甘酒であった。甘酒というのは酒粕から作るものだと、大人になるまで思っていて、麹からつくる甘酒が正統であると知った時はなにか釈然としない気持ちになった。酒粕をちぎって水に浸し、柔らかくなったら煮て、仕上げに砂糖を入れてショウガをちょっと入れて飲む。鍋一杯に作られた酒粕甘酒は、好みの甘さに調整できたし、好きなだけたっぷり飲んで、温まることが出来た。大人になって麹から作る甘酒を作ってみると、強烈な甘みに驚いた。砂糖を入れていないのに、こんなに甘みが出るとは。

麹が米のでんぷんを分解して出来る甘みだが、この甘みの成分は一体なんなんだろう。調べてみるとなんとブドウ糖であった。麹甘酒はたしかにとてもおいしい。しかし、作ると飲み続けてしまう。小さなグラスに1杯飲んで冷蔵庫にしまうと、1時間もしないうちに飲みたくなり、ちょこっと1杯。そしてまた。これが終わらない。どうしてこんなに止まらないのか不思議だったが、ブドウ糖なら納得だ。

いわゆる糖質を摂取すると、血糖値が急上昇し、その後インシュリンが大量放出されて急低下する。血糖値が急低下すると、脳がはげしく糖分を要求するので、またまた糖質がもうぜんと欲しくなる、ということになる。糖質には炭水化物と糖類があり、糖類の中でもとりわけブドウ糖はすぐに吸収されて血液に回ってしまうのでこの血糖値上昇率がナンバーワンなのである。ブドウ糖は脳の栄養なのでいいものだと思ったら大間違いで、体の中で精製するぶんには問題ないが、直接食べるのは極力さけるべきものである。

麹の甘酒にはいろいろな栄養分があり、食物繊維も多いので、美容や健康にいいところも多いが、連続摂取、大量摂取はやめたほうがいい。糖尿病や血管破壊にまっしぐらだ。甘酒の甘みは砂糖じゃないので体にいいと信じて、いくら食べても大丈夫などとは思ってはいけません。飲むとしたら、空腹時ではなく食後に少し。

甘酒への終わりなき欲求と血糖値ジェットコースターに恐れをなしてからは、麹の甘酒をあまり作らなくなったが、ふと思いついた。甘酒に豆乳ヨーグルトを加えて乳酸発酵をさせて、糖分を乳酸菌に食べてもらったら、ブドウ糖の害がなくなり、甘酒のいいところはそのままでさらに乳酸菌のいいところまで摂取できるスーパー甘酒(あまくないけど)ができるんちゃうか!

さっそく、ヨーグルティアで甘酒を500mlほどつくって、そこに豆乳ヨーグルトを大匙2〜3杯混ぜ込む。それをさらにヨーグルティアでヨーグルトを作る要領で5〜6時間保温すると‥。

ふむ、けっこううまい。甘くないから甘酒ではないが、酸味が加わってヒバリ的にはかなり好みの味である。で、常温に2〜3日置いていたら、あれ、なんかこれ、お、お酒のような‥。え〜、どぶろくを作ってしまったのか? 健康のために飲むなら、できたら冷蔵庫にしまって早めに飲みましょう。どぶろくにしたいならイースト菌を加えるとしゅわしゅわともっと発酵します。

酒粕の話からそれてしまった。酒粕焼きと酒粕甘酒がおやつだった幼少のころだが、どういうわけか生まれた家ではそれ以外にあまり酒粕を使わなかった。粕汁や奈良漬はあったが苦手だった。なので、大人になってからは酒粕との縁も切れていたのだが、最近は少しづつ酒粕を使う料理や保存食にトライしてみている。

まずは、酒粕と白味噌を混ぜた漬け床。酒粕メインの漬け床よりもクセがなく食べやすい。使いやすいように板状の酒粕は同量の水に浸し、塩を1%加えてブレンダ―などでクリーム状にしておく。保存がきくのでこれは多めに作って冷蔵庫に保存しておくと、酒粕料理にすぐ使えて便利。これと白みそを同量ぐらい合わせて野菜にまぶすようにして漬ける。一度つけると使いまわしはできないので、少量づつ。

これに一番合うのが、なぜかセロリであった。セロリは茎を皮をむいて食べやすい大きさに切り、酒粕白みそをまぶして冷蔵庫へ。2〜3日でおいしくなる。漬け床も一緒に食べられる。先日アボカドで漬けたら、わたしはおいしいと思ったが同居人には不評であった。なので、少しづつゆっくり食べていたら1週間ぐらいしたらいきなり漬け床が発酵してクリームチーズのようになった。こちらは奪い合いになった。その後作ったものはなかなか漬け床クリームチーズになってくれないので、たまたまいい菌がいたのだろうか。

酒粕をクリーム状にしたものは、この漬け床に使う以外にも、そのまま味噌汁に入れれば粕汁に、鍋に入れれば石狩鍋に、パスタソースやシチューにちょっと加えるとぐっとこくが出る。

米粉メインでケーキをいろいろ作ってみたが、酒粕を加えると味に深みが出るだけでなく、しっとりとおいしく仕上がることに気が付いた。もう、酒粕なしで米粉ケーキは作れません。グルテンフリーを実践するにあたって酒粕は大切な助っ人になるのであった。

ただ、酒粕は加熱するとチーズに近いコクが出るとはいえ、酒粕メインのパスタソースはまだ成功していない。奈良漬けに通じる酒粕の匂いがどうも苦手だ。もっと弱火でゆっくり加熱する必要があるのかも。あまり加熱すると酵素が破壊されてしまうと思うと、なかなか熱を通せないのだが、そうも言ってられないか。

先日、秋田に大好きなお酒「出羽の雫」を注文したら、同じ刈穂酒造の酒粕をいただいた。「刈穂」の大吟醸酒粕である。板粕ではなく水分多目のクリーム状の練り粕であった。ぺろっとなめてみたら、そのままでうまいっ。う〜ん、やはり元の酒で味がちがうなあ。さっそくこれでレーズンを漬けてみた。そのまま練り粕とレーズンを混ぜておくだけ。1週間ぐらい漬けるといい感じ。酒粕とレーズンを一緒に食べる。新しいおやつのラインナップ入り決定。

今これを書いているのはマレーシアのクアラルンプールだ。明日からラオスに飛ぶ。旅に出る前に、今回は久しぶりに味噌を漬けてきた。味噌の仕込みのベストシーズンは大寒の頃と言われる。一番冷え込む時期に仕込み、最初の発酵をじっくりゆっくり進めるためだ。夏を超えて、秋が深まる頃から食べられるが、もうちょっと長く熟成させる方が好み。春あたりから、仕込んだ味噌の表面にカビが出やすくなる。酒粕でびっちり蓋をするとカビが来ない、来ても酒粕ごと捨てれば下の味噌は無事、酒粕にカビが来なければクリームチーズのように酒粕も熟成してウマいなどという話を耳にしたので、さっそくやってみた。

初めて味噌を仕込んだときは晒し手ぬぐいで蓋をしてみたが、きっちりカビが来た上に甕のふたが甘かったので小バエが湧いてしまい、恐れおののいた。怖くて放置していたら虫は羽化して飛んで行ったので、ほっとした。もうダメだろうと思って上の方からすくって捨てていたら、下からきれいな味噌が出て来て安心した。これが初めてにして最大の失敗で、その後はつつがなく味噌が出来ている。

それからは味噌の上にサランラップをぴっちり敷いて、かめのふたの下にも虫が入らないようにラップを巻いたりしていた。やっぱり無添加ラップといえどもラップを味噌の表面にぴっちり敷くのはちょっといやだなあ、と常々思っていたので、酒粕蓋が成功するといいな。さて、味噌も酒粕蓋もおいしくできますように。