アジアのごはん(77)グルテンフリー

森下ヒバリ

グルテンフリーという言葉がかなり世間に浸透してきた。なんといってもテニスのチャンピオン、ジョコビッチがグルテンフリー食生活に変えてものすごく強くなったお話の本「ジョコビッチの生まれ変わる食事」が世界中でベストセラーになって、日本でも発売されているのが大きい。

ふ〜ん、でもグルテンアレルギーの人だけの話でしょ? と思ったあなた、どうもそれが違うようなのですよ。小麦に含まれるグルテンは、一部の人にアレルギーを引き起こすだけでなく、すべての人にとって身体によくないという説がある。どうやらグルテンは、脳に炎症を引き起こしているようなのだ。グルテン過敏症と言われる人以外でも、もれなく。グルテンの処理能力の高い人や、低い人、劇症の反応が出る人、慢性的な反応が出る人、さまざまではあるが、慢性的な症状は気づかれにくい。それがグルテンのせいだとはなかなか気づかないのである。

最近ここ10年ぐらいの脳神経分野の研究でグルテンが脳の炎症を起こし、神経系の変性疾患、つまりアルツハイマー病、てんかん、統合失調症、ADHD(注意欠陥多動性障害)、うつ病、パーキンソン病、頭痛などを引き起こす要因になっていることが確かめられつつある。病気に至らなくても、集中力の欠如、頭にもやがかかったような状態、疲れやすい、全身の倦怠感などの症状もある。

昔から食べられてきた小麦がなぜ? という疑問もあるが、『「いつものパン」があなたを殺す』(三笠書房)という本の著者のパールマター博士はバッサリと言う。現代の小麦は長い間人類が食べていた時代の小麦とは全く違うものになっている、と。品種改良、遺伝子組み換えによって現代の小麦はグルテンがかつてなく大量に含まれているし、食べる量も倍増している。食生活に占める小麦の割合が、主食のパンやパスタ以外にもケーキやクッキー、ジャンクフードなどからと大変多くなっているのだ。

パールマター博士の本を読みおわると、小麦を食べないのは不自由すぎると思っていた気持ちから、こんなにグルテンが脳に影響を与えるのが事実ならば、小麦を食べるのは恐ろしすぎるという気に変わった。

とりあえずアレルギー体質であるし、頭痛持ちであるし、アルツハイマーにもなりたくないので、ちょっとためしにグルテンフリー食生活を実験してみることにした。家での食事はパン・うどん・パスタをやめて、米飯を食べるようにした。しかし、いっさい小麦製品を食べないわけでもなく、たまにはあんパンやラーメンなども食べてみたりとゆるい感じでやってみた。いろいろなものを食べた後に、自分の体調を注意深く観察する癖がつき、これはなかなかいい。

どうも小麦を食べていないと体が軽い。いい感じだ。しかし、じぶんがグルテン過敏かどうかはよく分からない。グルテンは食べてから胃を通り過ぎて、腸に達して吸収されてから反応を起こすので、時間がかかる。24時間から48時間、人によってはもっと後に症状が出るので、たいへん分かりにくいのだ。目が覚めて頭が痛い・・と思ってもそれが昨日のあんパンのせいなのか、低気圧が近づいているせいなのかも判別しにくい。

ある日昼ごはんに、十割そばを茹でた。これまではそば粉よりも小麦の方が多い「鶴そば」を愛用していたのだが、小麦の入っていないそば粉のみの十割そばにしてみたのである。うどんは食べられなくとも、十割そばならグルテンフリーだ。茹でてみると、茹で汁がドロドロになった。味はまあまあおいしい。蕎麦湯を飲んでみると、ほんとに濃い。ちょっと濃すぎるなあ、と思いつつもったいないしお椀に1杯飲んだ。あれ、なんかちょっと気分が‥変だ。

どんどん気分が悪くなってきた。まずい‥吐き気も感じる、あれ、これは‥。乳製品とかでよくなる食物アレルギーの症状ではないか。え、そばアレルギーかい!

ちょっとあせったが、苦しいい〜とうなる位のレベルで、吐き気も何とかしばらくすると収まった。3時間位起き上がれなかったが。苦しみながら思い出したのだが、7〜8年前に近所に出来た手打ちそば屋さんで一度だけそばフルコースというのを食べたときに、これほどではないがけっこう気分が悪くなったことがあった。その後、そばフルコースを食べることもなく、忘れていたが、一定量以上食べると症状が出る‥りっぱな、そばアレルギーの持ち主であることが判明。ふう。

そばアレルギーというと、アナフィラキシーの激しい症状のイメージがあるが、そばアレルギーも軽いのから激しいのまで幅があるようだ。ちなみにけっこう苦しかったので、あれ以来そばは二度と食べていない。食べたくもない。見るだけでぞっとする。これは次回食べると重症化してアナフィラキシーショックを起こす気配を感じているのかも。

グルテンフリー実験をしていたら、そばアレルギーであることを発見するとは‥。そして、その後同居人とタイに移動し、外食中心の食生活になったのだが、ここでも意外な発見があったのである。

ある日、友人の娘さんの結婚パーティーがバンコクの高級ホテルであり、なかなかグレードの高い料理をブッフェで楽しんだ。西洋料理がメインで、ほかにタイ料理、中華、そしてパスタとパンとスウィーツ、ワイン、ビール。「わお、ここのパン、すごくおいしい。タイでこんなに美味しいパンめったにないよ」わたしはバゲットやカンパーニュなどのパンをたくさん食べ、同居人にも運んだ。「スパゲティもおいしい」と皿に盛るYさん。ブラウニーも上等。ワインもたっぷり飲んで、お開きになった。そのままアパートに戻って昼寝をして、夕方起きる。お腹はあまり空いていなかったので、遅めの時間に近くの丸亀製麺でてんぷらうどんを食べた。

翌日、遅めに起きた同居人は目覚めるなり「沖田〜〜総司!」と叫んで起き上がり、いきなりべらべら喋りながら、とめどなく忙しく動き回る。うるさいことこの上ない。ああ、このハイテンション、久しぶりに出たなぁ。ADHD(多動性障害)の発作だ。うちの同居人はADHDで、ときどきこうなる。ちなみに世間ではADHDを障害などと言うが、わたしはこれを障害と思ったことはない。病気の一種か、性質なのだろうと思っていた。しかし、そのとき、はっとグルテンの神経疾患への影響一覧を思い出した。発作が出るまで忘れていたが、その中にADHDがしっかり入っていたではないか。そして、きのうは久しぶりにパンやパスタを食べ、さらに夜はうどんと、まさにグルテン三昧の日だった。

「グルテン過敏症は、あんたやん」「ええ、これグルテンのせいなん!?」「他に何か思い当たる節が?」「う‥‥」

タイは、日本よりもグルテンフリーを実行しやすい。近年、パンやパスタが食べられるようになってきたとはいえ、もともと小麦を使う料理やお菓子は少ない。圧倒的に米文化の国なのである。例外は中国系だろうが、ふつう麺と言えば米の麺だし、お菓子も米粉のものがほとんど。主食はもちろん米飯だ。グルテンフリーだと気をつけなくても洋食のレストランにさえ行かなければ、自然に実行できる。そうしているうちに、ふたたびYさんがADHDの軽い発作を起こしたのは、久しぶりに日本食の店でラーメンと餃子をたっぷり食べた翌日であった。

「うどんとか、お好み焼きとか粉もんがすごく好きかもしれんけど、もう小麦はやめとこうや。ほんとはビールも合ってないんちゃうの」「うっ。ビールを飲むと鼻炎になるのは自分でもわかってるけど〜」と口をへの字にするYさん。ADHDがグルテンのせいで起こるとは、目の当りにするまでピンとこなかったが、これは大変なことではないか。先天性の脳の機能障害などではなくアレルギーなのだ。個性とか、持ち味ではないのだ。脳が炎症を起こしているのだ。

ちなみにその後、Oリングの達人のマーシャの家に行った時に、その話をしたら「はあ? 小麦がADHDを起こすなんて、そんな馬鹿な」と笑うので、マーシャの家にあった上質のパンに対するYさんの反応をOリングでチェックしてもらう。「ほら、別に肝臓にも悪くないよ」「頭はどう。問題は脳なんだよ」「はいはい。あ、なんだこれ‥脳が拒否してる」
パンを脳が拒否するという結果が出たのはそこにいた4人のうちYさんのみであった。

アルツハイマー病、てんかん、統合失調症、ADHD(多動性障害)、うつ病、パーキンソン病、原因不明の頭痛などに悩まされている人はぜひグルテンフリーを試してみてください。グルテンが原因の場合は、人生が変わるかもしれない。そして、頭がぼんやりしていると感じる人、集中力が落ちたと感じる人、もっと意識をクリアーにしたいと思っている人、将来認知症になりたくないと思っている人も、ぜひ。『「いつものパン」があなたを殺す』(三笠書房、パールマター博士著)を参考に。試してみるのに副作用もデメリットもありません。とりあえず、グルテンが多い強力粉を使ったもの(パン、パスタ)を止めてみる、からでもいい。あなたの身体(脳)は、あなたが食べたものでできている、ことを忘れないで。

米粉を使った料理を試してみるのもまた楽しい。