犬狼詩集

管啓次郎

  33

火山は火山ごとのむすびめだった
マグマの対流と仮そめの地表をつなぎとめている
そのきわめて空に近い小さな頂へと
これから三人で登っていこう
乾いたクレーターの赤土が
くるぶしを真赤に染める
何の痛みも感じない、この分厚い足裏は
質実剛健な獣たちにまったくひけをとらない
登るうちに小径の傾斜は30°を超える
45°を超え90°を超え魚のようにそりかえる
でもぼくらは落ちない、空はいつも行く手にあって
ただ果てしない宇宙のからくりをのぞきこむだけ
金星を昼の空に見たジェイムズ・クックのように
研ぎすまされた未開の視覚を手に入れたかった
バッキー、ベッキー、走らなくていいんだよ
目ざす頂はすぐそこ、暗いトンネルを抜けたところにある

  34

デューク、この海岸の波は安定している
ロングボードの時代はとっくに過ぎたけれど
そのボードの上を歩いてゆくかつてのスタイルは
いまもその名残を波の上に残している
移植された椰子の林にたくさんの実がなって
実ごとに泣き顔の猿が何かを訴える
汐が香る、水が騒ぐ、プルメリアが香る
はるかな昔と今が蝶番のように合わさる
さあ、勤勉なパドリングで沖まで出ていこう
首が灼けるのもかまわずに海亀の王国へ
イルカの跳躍にまじってシュモクザメの沈黙が
流麗で哲学的な残像をのこしてゆく
そろそろ心を決めてよ、デューク
次の波だ、次の一回性がやってくる
きみだけの波にきみが乗るとき
きみはきみになる