犬狼詩集

管啓次郎

  17

教室でふたこぶらくだが眠っている
泉を欠き空調機がうなる人工の空間で
トィックトィックと足音を立てながら
アスファルトの回廊を歩いてゆく夢を見ている
かれらのキャラバンサライはいくつかの
地平線を後退したところにある
それからかれらは夢の砂漠で
道案内のいない隊列を進めてゆくだろう
交易圏が拡大し
固有の信仰が意味をなさなくなり
共同体がその基盤を失い
デフレーションが貨幣経済を動揺させても
若いふたこぶらくだの群れは日々の進行を自明のものとして
肉体にも精神にも負荷を与えることなく
どこまでもつづく隊列の夢を見ているだけ
月を読まず、星を知らず、言葉もなく

  18

この教室が森になればいい
あまりに濃密な葉叢が昼を暗くし
気温を低くし脳と筋肉を発熱させる
獣や虫たちの生気に空気がビリビリと震える
この教室は沙漠になるべきだ
遠い視界が紫の山々をゆらし
サボテンのおばけ群衆が国境にむかって歩く
雨雲はかれらにとってくろぐろとした希望
この教室には渓谷であってほしい
河川の水量の変化にしたがって
流れの経路は歴史的に変化し
植生は差異の河原で栄枯盛衰をくりかえす
この教室は海岸に変わってくれ
打ち寄せる波にヒトは反復の意味を学ぶ
水平線を見ながら航海術の必要を自覚する明日
船出の背後にあるのはこのterra firmaへの絶望