インタビューの「あとがき」

若松恵子

片岡義男さんをインタビューした喫茶店をひとりで再訪する。
誰もいない席を前に、5回に渡ってお話を聞いた時間について考える。

今回のインタビューは、1960年から1990年までの30年間を、片岡さんの話をたよりに振り返ってみたいという思いがきっかけだった。片岡さんなら、その時代を一番よく知っているような気がしたからだ。片岡さんが語るエピソードと共に、その時代を記憶しなおしてみたかったのだと思う。

5回のインタビューを通して、その願いはかなえなれたのか? 残念ながら、失敗に終わってしまったと言わざるを得ない。
インタビューでたびたび、片岡さんは「わからない」と答えた。
「ほとんど意識していなくても文章の端々に出てくることについては、自覚していないからわからないのです。」この言葉が決定的だった。あの時代はこういう時代だったと、あとから意味づけて単純に語るような事は決してなかった。まして、「貴重な証言」など全くなかった。それが当然なのだと思う。そもそも「時代」など人から切り離されてどこかに浮かんでいるものではない。

片岡さんは現在、岩波の「図書」にエッセイを連載している。そこで、作家としてスタートした頃のことを振り返っている。片岡さんの生き方を成り立たせることを可能にした時代について考えをめぐらせているようだ。時代の事について聞きたいのか、片岡さんのことについて聞きたいのか、インタビューではどっちつかずのままにたどり着けなかった場所に、片岡さんの思考が伸びている。