メソポタミアの失われた鞄

さとうまき

飛行機にのると鞄が間違って他のところへ行くことはよくある。バスラからアルビルに向かう飛行機に積まれたイブラヒムの荷物が紛失してしまった。間違えて、シリアのダマスカスに行ってしまったという。ところが、その後、ダマスカスの飛行場で鞄が紛失してしまったというのだ。一体どうなっているのだ。

イラク人は、結構おしゃれで、イブラヒムは「毎日同じ服を着てなければならない」とぶつぶつ文句を言っている。ホテルのクリーニングを頼んでいた。スーツやズボンにしわがあると耐えられないようだ。しかし、朝になってもまだクリーニングができていない。朝から今日は会議なのに。

イブラヒムの代わりに鞄を取り返すために、ダマスカスへ向かうことにした。中には金目のものは入っていなかったが、イブラヒムが買った薬のリストと領収書が入っていたのだ。これは、イラクの小児がんの病院のために前払いで買った薬で、領収書を提出して、初めて基金からお金が戻ってくるので、私たちにとってはとても大切なのだ。「メソポタミアの鞄作戦」だ。

やはり、こういう国では、服装が大切だ。小汚い格好をしていると舐められてしまう。そこで、早速、僕たちはスーツを着てダマスカスに乗り込むことにしたのだが、若い加藤君は、ぼろぼろの服しか持っていない。唯一のスラックスはしわくちゃだ。ダマスカスに到着して、早速クリーニング屋を探した。無理をお願いして、2時間後に仕立ててくれることになった。

よく朝、早速、イラク航空の事務所に行き事の成り行きを聞いた。何でも、荷物を送り返そうとしたところ、シリアのセキュリティが、荷物を預かることになり、そしたらその後鞄をなくしたというのである。わたしたちは、ダマスカス国際空港セキュリティの責任者に話を聞くために飛行場まで駆けつけたが、散々待たされた挙句、偉い人にはあってもらえず。結局、イラク航空にその後の補償をお願いすることにした。こうもなめられたものかと腹立たしい。

荷物が間違って、他の場所に行ってしまうことはよくあるのだが、完全に出てこないというのも解せない。しかも、イブラヒムの鞄の中には金目のものなど一切入っていなかったのだ。いろいろ憶測してみる。まず、イブラヒムの鞄であるが、彼は、鍵をかけていなかった。飛行場の中で、闇の組織が暗躍しており、何か重要なものを、イブラヒムの鞄にそっと忍び込ませて、シリアまで運んだのではないか? それを、シリアのセキュリティが発見したのか? ちょうど、新聞には、アサド大統領が、アメリカ軍のイラクからの撤兵に関し、協力しても良いようなことをいったとか言うニュース。オバマ大統領の誕生で、シリアとアメリカとの関係が一気に改善するのだろうか? 一体誰が、何をイブラヒムの鞄にいれたのだ?

映画の世界では、無くなった荷物を見つけ出すのは、そんなに難しくは無い。そこで映画の主人公たちが、どのような行動をとるのか考えてみた。まず、実際にセキュリティで荷物をなくした人物をわたしたちは知っているとしたら、映画の主人公は、そういつが家をでたところを車に連れ込み、ちょっと脅すだろう。それで、ことの成り行きの7割はわかる。

もし、背後にアメリカも関係しているとしたら、CIAのコンピューターに忍び込んで、情報を盗み出す。考えてみると、僕らには、彼らを脅してはかせる腕力も無いし、CIAのコンピューターに忍び込むようなハッキングの能力も無い。現実は、映画のようには行かないなと納得した私は、ダマスカス博物館に行って、メソポタミアに関する展示を見入っていたのである。5000年も前の楔形文字を見ていると、なんとも悠久な気分になったのだ。

日本に帰国して、関係者に「実は、かくかくしかじかで、領収書は国際的な問題に鑑み紛失いたしたでそうろう」と伝えると、だれも相手にしてくれない。「ともかく、薬をちゃんと買ったことを証明しなさい!」といわれ、未だに宿題が終わらないのだ。