夜のバスに乗る。(1)

植松眞人

 夜に追い立てられるように、夜のバスに乗る。
 暗い町のはずれのバス停から、二人でバスに乗る。
 小湊(こみなと)さんは最終バスが発車する間際にあらわれて、僕の手を引っ張ると滑り込むようにバスに乗り込んだ。
 車両の後方にある二人がけの席に一緒に座る。窓際に身体を滑らせていく小湊さんの白い足があらわになって、彼女が高校の制服姿のままだと気付いた。
 僕はいつものジーンズをはいていて、ユニクロで買った長袖のシャツと兄の部屋にあった薄手のジャケットを着ていた。少しは大人っぽい格好をしようとしたのだが、ジャケットが大きすぎて余計に子どもっぽくなってしまった。そんな僕の隣で、制服姿の小湊さんはとても大人びて見えた。
 最終バスに乗っているのは僕たち以外には数名だけだった。みんなが都心から帰ってくる時間に、都心に向かうバスはなんだか陰気な空気に包まれている気がした。それでも、僕と小湊さんは明るい希望のようなものに包まれて輝いているはずだった。
「ねえ、今夜、家出するんだけど付き合わない?」
 放課後、部活からの帰り道。後ろから自転車で追いかけてきた小湊さんにそう言われた時には、なんのことだかわからなかった。僕が答えられずにただ呆然と立っていると、小湊さんは待ち合わせ場所を僕に告げたのだった。
「駅前の三番のバス停に夜十一時三二分ね。遅れないでよ」
 そういうと、小湊さんは再び自転車をこぎ、僕を追い越した。その後ろ姿を見送りながら、僕は「三番のバス停、夜十一時三十二分、と呟き、慌ててスマホのスケジュールに入力した。気がつくと、通り過ぎたはずの小湊さんが僕の隣に戻ってきていた。
「荷物はいらないわよ。お金ならあるから」
 小湊さんは微笑みながらそれだけ言うと、また方向転換して、僕の目の前を立ちこぎをしながら一目散に走って行ってしまった。
 いま一緒にバスに乗っている小湊さんからはあの時の微笑みは消え去っていて、僕もあの時、小湊さんから受け取った震えるような高揚感をいまはまったく感じることができなかった。ただ、暗い夜の道を行くバスの前方を見つめながら泣きたいような不安を感じるばかりだった。

(つづく)